第71話 五月蝿い

 奇声を挙げて眼を血走らせている痩せたゴブリン。


「御主人さま!ご無事でしたか!」


「無事なもんか。」


 駆け寄る家来達に無愛想に応える親玉。

 家来達は親玉に付いた土を払う。


「死んだハズの親父とお袋がステュクス川の向こうで手招きしとったぞ。

 渡し守のカロンに船賃ぼったくられる寸前で目が覚めたがな。」


 ステュクス川の向こうは冥界だよな。

 死にかけたってことか。


「だいじょーぶ?」


「だから、大丈夫ではない。」


 ゴブリンの親玉は、心配そうに見詰めるヨルにも横柄な態度だ。


「でも、げんきそうだね。」


「フン。相変わらず無礼な糞ガキだな。

 育ちがわかるぞ。」


 ワシの銭とか叫んでたヤツの台詞とは思えない。


「小さくて見えなかったんだもん。」


 ヨルがボソリと呟いた。


「まあ良い。特別に許してやろう。ワシも紳士だからな。

 取り敢えず、慰謝料寄こせ。」


「いしゃりょう?」


「うむ。ワシを轢き殺そうとしたのを詫びる気があるなら、お前達の隠し持つ財宝と金脈の在処を教えるのだ。」


「ざいほー?きんみゃく?」


「・・・ヘビでは、わからんか。」


「うん。わからん。ばいばーい。」


 ヨルが再び前進する。ゴブリン達は悲鳴を挙げながら巻き込まれないように後退りした。


「待て待て待て待て!待てーいっっ!!

 お前の父ならわかる筈だっ!!

 復活したのだろぉ!?」


 ゴブリンの親玉が追い掛けてくる。


「うるさいよ。マモン。」


 フェンリルが低く唸り声を挙げた。

 マモン?どっかで聞いたな。

 マモンはフェンリルを指差して目をギョロギョロさせている。


「お前も居たのか!犬っコロっ!!

 ワシの事はマモンと呼べぇ!敬えっ!?

 ワシはお前達とは格の違う魔界の七大君主の一人なのだからなぁ!!」


 ゲラゲラと下品に笑うマモン。

 つーか、声でけぇ。地下通路に反響して耳が痛い。


「さあっ!お前の弟が仕出かした罪への代償を支払って貰うぞ!!」


「僕達、急いでるんだ。」


「どこへ行く気だ?宝物庫か?」


「まあ、宝石みたいに美しいと思うよ。」


「よし!案内せい!!」


 フェンリルもヨルも返事をしなかった。

 俺達の横をマモン一行が1列に並んでチョコチョコ付いてくる。


 やがてヨルが鉄の扉の前で止まった。


「着いたよー。」


「ややっ!?ここに魔界一美しい宝石があるのだな!?」


 何やら興奮気味なマモン。

 家来達が松明で扉を照らした。

 魔界一美しい宝石?そんなこと誰か言ったか?

 俺とフェンリルはヨルの身体から飛び降りた。

 近くで見るとマモンと俺は同じ位の背丈だ。顔は俺の倍くらいあり、目玉がやけにデカい。

 緑色の肌に鉄の鎧、羽根飾りの帽子を被っている。

 マモンがジロジロ俺を見定めている。

 松明に揺れるゴツゴツした緑色の顔が近くで見ると物凄く不細工で迫力がある。


「人間か?」


 家来のゴブリン達がザワついた。


「キャルロットはお父様の友達だから食べちゃダメなんだ。」


 フェンリルがゴブリン達に向かって、ヨルに言ったのと同じ台詞を言った。

 余程未練があるのか?フェンリルが俺を食っても大して腹は膨れないと思うんだけど。

 ゴブリン達に人間を食べる趣味がないのを祈る。


「あの方の?友達ぃ?」


 俺を指差して固まるマモン。家来達は目を丸くしながら、隣同士で顔を見合わせている。


「ブフっ!!」


 マモンが吹き出した。


「あーっはっはっはっはーーー!!」


「ふふっ・・・御主人さま!笑っちゃダメですよっ!くふふふ!」


「ひーっひーっ!!人間如きが魔王の友だと!!?

 騙されてるに決まってるであろうが!!

 片腹痛いわっ!!ガハハハハッ!」


 それは片腹痛いレベルか?

 相当コイツら笑い上戸らしい。


 ヨルがフェンリルに顔を向けた。


「ねぇ、にいさま。もうレヴィアおばさまのおうちに行こうよ。お腹すいたぁー。」


「そうだね。ゴハン何かなー?

 レヴィアおばさまのゴハンは何食べてもおいしいからね。」


 それまで大口を開けて笑っていたマモンの動きが、巨大な兄弟の会話で止まる。


「・・・『レヴィア・・・おば・・・さま』・・・?」


 顔面蒼白のマモンを見て、家来達の顔がそれ以上に青くなっている。


「わっ!あの馬鹿兄弟!御主人さまの前でその名は禁句だというに!」


「ということはここは・・・」


「お・・・オラ知らねーっ!」


「誰だここに御主人さまを連れてきたのは?」


「御主人さまが勝手にヘビに付いてきたんでねぇか?」


「ん?という事は・・・悪いのは御主人さまってぇことか?」


「そうだ!」


「そうだ!!!」


「「「そーだ!そーだ!!御主人さまがみんなみーんな悪いんだ!!」」」


 完全に混乱状態のマモンの家来達が一斉にマモンを取り囲んで指差した。


「・・・・っううっ・・・」


 当のマモンの肩がワナワナと震えた。

 更に追い討ちをかけるように囃し立てる家来達。


「わっるい!わっるい!ウチの御主人さまがいっちばん!わっるいーーっっ!!」


「うるさいうるさいうるさぁーーーいっっっ!!!」


 堪らずに叫んだマモンの狂気にも似た声が反響する。家来達は散り散りになり岩の陰やフェンリルの後ろからそっと顔を覗かせている。


 シーン。


「────醜いな。」


 いつの間にか開いていた鉄の扉の奥に男が立っていた。

 見た目は30代半ばか。海の中で揺らめくワカメの様な濡れた髪を無造作に肩まで伸ばしている。ロングジャケットを肩にかけただけなので筋肉質な浅黒い上半身が露出し、ピッチピチの皮のボトムが目の遣り場に非常に困る。尻尾は確認できないが、尖った耳と水牛の様な角はいつかの牛女に似ている。

 露出度の高さもな。


 男は端正な顔を歪ませて蔑む眼差しでゴブリン達を見下ろしている。

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