第43話 彼女の決意

 気が付けば、ヴィシュヌもルゥも居なくなっていた。神出鬼没、自分勝手な奴等だ。


 さて、俺も帰るか。


「アンタ誰?」


 頭上に羽音。

 ガルダ!

 黄緑色のオウムに変身させられたガルダが、円らな瞳で俺を見つめていた。

 騒ぐと不味い。咄嗟に、飛んでるガルダの首根っこを捕まえた。


「ぎゃーっ!動物虐待ヨー!」


「しーっ!」


 木の陰からロザリオを見ると仔犬と夢中で遊んでいる。あー、今すぐあの仔犬になりたい。


「アラ♡アンタ綺麗な顔じゃないの~?

 でもね、アタシ子供には興味ないのヨネー。」


 あっそ。


「お前、ちゃんとロザリオ守れんの?」


「『お前』ぇ?生意気なガキねっ!

 アタシの名前はビションフリーゼよっ。覚えときなさいよ?」


 首を掴まれたまま凄むガルダ。全然恐くないし。まぁ、ロザリオは反応薄い子みたいだし、こういう賑やかな奴がいた方が丁度いいかもしれない。何かあったとしても助けを呼ぶくらいはできるだろう。


「さっさと離しなさいったら!!

 痛い痛いイタイーーっ!!」


「声デカいって!」


 暴れるガルダの体を抱え嘴を押さえた。再び木陰からそっと様子を伺う。

 え?ロザリオ、いねぇし!?


「セラフィエルさま?」


 ギクッ

 背後から呼び掛けられる。

 振り向けない。だって、ピッテロ様と約束したから。

 暫くロザリオと会わないって。


「助けてロザリオ!

 コイツ鳥さらいよ!!ヘルプミー!!!」


 何だよ、鳥さらいって。

 いや、そんなことより一刻も早くこの場を去らねば。


「いいなぁ。ビションフリーゼ。」


 え?

 今のロザリオの呟きって?

 思わずガルダを抱える腕に力が入る。


「・・・ナニ言ってんの?ロザリオ。」


「ううん。なんでもないわ。ビションフリーゼ。」


 あー、可愛い。

 今すぐ振り向きたい。

 こんなクソ喧しい鳥なんかより天使を抱いてたいんだよ俺は。


「ちょっとアンタ、さっきから痛いんだけど。アタシが可愛すぎて抱き締めたい気持ちはわからないでもないけどね?

 アタシってば高貴で繊細なワケよ。大切な宝物を扱うように優しくしてよね。」


 うるせぇー。地面に叩きつけたい。

 完全に八つ当たりだっていうのはわかってるが、このどうしようもないジレンマに悶える。


「セラフィエルさま。わたし、あなたにずっとお会いしたかったのです。」


 俺だってずっと会いたかったよ。

 会いたかったけど、君がもし人間おれに恋をしたら大神官じゃなくなるかもしれない。この国に大神官ロザリオが必要なんだ。


「アラ?ロザリオ。

 アンタの目ってそんな色だったかしら?」


 ヤバい。

 このまま何も言わず立ち去ってしまおう。

 そう思った瞬間、ヴィシュヌに貰った翼が再び背中に現れた。


「ぎゃっ、アンタ天使だったの!?」


 ガルダがギャアギャア騒ぎながら俺の頭上を飛び回る。

 俺自身も驚いている。これって一度きりじゃなかったのか。

 背中を振り返った時に謀らずもロザリオと目が合ってしまった。

 サファイアの様な濃い青色の瞳。

 ちょっと待て。いよいよ不味いのか?

 自分の血の気が引いていくのがわかる。

 それでもロザリオの瞳から目が離せなくなっていた。


「わたし、知っています。

 お父さまやお兄さまから、わたしに会わないように言われたのでしょう?」


 頷くだけしかできない俺。


「大丈夫です。」


 ロザリオがにっこりと微笑んだ。


「わたしはこの気持ちを封印してしまいますから。」


 ───もう我満できなかった。

 ロザリオの背負った運命。覚悟。決意。

 そんなもの全部無視して、俺は彼女を抱き締めた。本当に俺は何て無力なんだろう。

 こんな小さな女の子一人さえ自分の力で幸せに出来ない。


「なかないでください。セラフィエルさま。」


 ロザリオが俺の頭を撫でる。

 本当にどっちが子供かわかんねぇな。

 俺はいつの間にか流れていた涙を袖で拭い、ロザリオの顔を見つめた。


 その瞳はもう青色では無かった。

 一点の曇りもなく鮮やかに光る金色。

 ロザリオが柔らかい両手で俺の右手を握る。


「わたしは最初で最後のこの想いを心にしまって、神に仕えます。だから・・・。」


 突然の風が森の木々をざわめかせ、ロザリオの髪を揺らす。俺を見つめる金色の瞳から目を反らせない。


 何故こんなにもロザリオに牽かれるのか、それは彼女の持つ金色の瞳の為せる業だと言ってしまえばそれまでなのだが。ロザリオも俺を想ってくれていたのだから、それは理屈抜きで強烈に引き合う魂レベルの運命だと信じたい。


「だから、あなたもわたしのことを

 忘れてくださいね。」


 微笑むロザリオに向かって俺は頷いた。

 そして、そのまま彼女に背を向けて空に向かって飛んだ。


「さようなら。ロザリオ。」


 もうロザリオの姿は見えない。


 ロザリオは俺に『魅了』を使った。

 いや、使おうとした。

 俺がシナノからレクチャーを受けたから『魅了』に対向できた訳じゃない。俺のまだまだ未熟な精神じゃ回避できるわけない。

 

 ほんの一瞬、彼女は躊躇した。

 あの時の刹那、また瞳が青く変わったんだ。


 俺はまだロザリオへの想いを忘れてはいない。

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