第44話 もういいんじゃね?

 俺にとっては5日程だが、出会う人々皆から「久しぶり」と声を掛けられる。

 大人は2年で大して代わり映えしないが、子供の内の2年の変化は大きい。


「キャルロット。お元気そうで何よりです。」


 え?アリア・・・?


 この年頃の女子の成長は殊更著しい。

 直接仕えているアリアへ帰還の挨拶に出向いた俺は、いつものサロンではなく1階にある広間に通された。正面にラグドール皇国現大皇の馬鹿でかい肖像画。その肖像画を背にし、椅子に座るアリアから離れた位置で跪いた。

 アリアの側近フレドニアが俺の目の前まで来るのを気配で感じる。少し顔を上げ、フレドニアが金縁の片眼鏡を正すのを横目で見る。相変わらず面倒臭そうなオッサン面で、明白に俺が帰還したのが気に食わないって顔だが、ここは無視。


「長らくご無沙汰しておりました。アリア様。」


「また宜しくお願いしますね。」


「はい。」


「それじゃあ、早速お庭に参りましょうか。」


「は?」


 ヤバい。フレドニアがめっちゃ睨んでる。

 慌てて「コホン」と咳払いで誤魔化した。


「キャルロット。姫様の御手を。」


 は?なんつった?

 俺はフレドニアを唖然として見つめた。フレドニアはそんな俺の様子を明らかに苛立ちの表情で見ている。


「フフッ。貴方は少しも変わらないのね。」


 顔を上げるとアリアが満足そうに微笑んでいた。以前より伸びた金髪に淡い黄色のドレス。

 フレドニアが手本を見せるかの様に紳士的にアリアの手を取り椅子から立ち上がらせた。それを俺にやらせようとした訳ね。事前に教えてくれたらできたのに。やれば出来る子だぞ、俺は。


 俺は庭園へと向かうアリアとフレドニアの後ろに付いていこうと、二人に近付いた。

 俺を見つめるアリア。

 ちょっと待て。ウソだろ?


「どうしたのだ?」


 フレドニアの呼び掛けに我に返る。

 今、一瞬魂が抜けてた。


「長旅で疲れているのですか?」


「あ、いえ。大丈夫です。」


 心配そうに口許を手で覆うアリアに向かって、力なく微笑んだ。

 広間を出、扉の前で待機していたセイヴァルと合流する。広間から庭園まで鏡張りの通路を歩く。セイヴァル、アリア、フレドニア、俺の順に歩く。フレドニアの前を歩くアリアが俺と同じくらいの身長に見えるが、未だに信じ難い。

 まだ越されてはいないとは、思う。


 昼下がりの庭園。柔らかい陽射しは皇女サマの散歩には丁度いい日和だ。


「あ、アリア様、咲いてますね。」


 庭園の花壇を指差してセイヴァルが言った。

 小さな淡い黄色の花。


「可愛いらしいわ。」


 並んで花を見る二人。そんな二人をフレドニアが不自然な程離れた場所から頷きながら見ている。そういや、以前はぞろぞろと数人いたアリアの取り巻き達がいない。


 カルラの鳥舎が目に入る。

 リオも成鳥になったんだろうな。

 一年中、花が咲き誇る城の花壇に今更どんな花が咲こうが何の興味もない。今まで神界っていう楽園にいたし。

 俺は気配を消して少しずつ鳥舎の方へ移動した。ま、2年もいなかった事が普通になってたんだから、少し位抜けても支障はないだろう。

 木の葉が肩に一枚落ちてきた。俺のすぐ横の木を見上げると、シナノが潜んでいるのに気付いた。

 ・・・コイツもいるしな。


 と、いうわけでコソコソする必要の無くなった俺はカルラの鳥舎に向かった。


「キャルロット、久しぶりだなぁ。」


「うん、久しぶり。」


 鳥舎の前でカルラの世話係兼調教師のマリオと顔を合わせた。娘のセネカは今頃は学校だろう。マリオの後ろに続いて鳥舎に入る。

 緊張するな。果たしてリオは俺の事を憶えているだろうか。


「カルラ、増えたんだぞ?」


「おお、すげぇ。」


 カルラが10羽に増えていた。


「クルルっ!」


「リオ?」


「クルル!」


 予想通り立派な成鳥になっていたリオが俺の許にやって来た。

 おお、感動。これが成長した我が子を見る母鳥の気持ちか。・・・いや、違うな。


「丁度いい。リオの調教を頼まれてくれないか?

 俺とセネカじゃ手が回らなくてな。」


「いいの?」


「勿論!助かるよ。」


 多分にしてマリオは俺の事をぶらぶらしてるだけの暇人だと思っている節がある。

 ・・・・間違ってはないか?


 一応、アリアの了解も取らなきゃな。

 と、思い鳥舎を出て、庭園を探すがアリア達の姿はもう無かった。フレドニアの手帳通りにスケジュール管理されてるだろうからな。語学のお勉強かダンスのレッスン辺りだろう。


 広い庭園の何処からともなく聞こえてきた男女の話し声に足を止めた。

 言い争うような声はすぐに止む。

 今の声ってアイツじゃねーのか?

 また、頭上から木の葉。


「シナノ。」


 さっきから木の上で何やってんだ?

 そして、何故そんなに俺に存在を気づいて貰いたいんだ?

 先程とは違う木の上にいるシナノに手招きをされ木を登った。木登りは得意だが、これもシナノには敵わないんだろうな。シナノのいる枝の近くまで登り、シナノの視線の先を追った。

 人目を忍ぶ様に木の陰で二人の人物が向かい合っている。俺の視力じゃ、顔までは特定できないが、一人は背格好からアイツだということがわかる。まさかシナノ、出歯亀してたのか?


「先日、兄上は婚約されました。」


「また?」


 頷いたシナノの目が笑っている様に綻んで見える。

 恐らく、この調子じゃ俺がいなかった2年の間にも何度か婚約してたりしてな。恐くて聞けない。


「キャルロット殿も顔見知りかと存じます。」


 記憶を辿ったが、兄と向かい合う女のシルエットに薄っすらと思い浮かべたのは一人だけだった。


「アリアの魔法の教師?」


 確か、名前はセシリアといったか。


「左様。」


 興味は無いんだが、どうしても言いたい。


アイツ地味専過ぎるだろ。」


たで食う虫も好き好き。」


 思わず呟いた俺と同時にシナノが呟いた。

 今のはどっちに向けた言葉だったのか。

 兄を選ぶ女も女だ。しかも、あんなに公に婚約破棄されたんだから、噂とか耳に入ってないのか?


「姫様の御厚意により婚約披露の宴は城で執り行われます。」


 シナノと顔を見合わせる。

 確実に目が笑っているシナノ。


「・・・もういいんじゃね?」

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