第47話 分身
散々な有様。目を覆いたくなる光景。
食欲旺盛な虫達の餌食にされた調理人達。
その無惨な姿が横たわるのが目に入る。
「ふふっ」
肩から斬り割かれたベルゼの半身がドサリと落ちた。
「やはり分身だったか。」
太刀を鞘に納めたシナノが呟く。
「分身?」
「本体は別の場所に在るということ。」
床に転がったベルゼの身体の斬られた部分から虫達が蠢くのが見える。黒光するヤツや芋虫みたいなヤツが急な光に驚いているようだ。
また虫か。どこまでも虫尽くしだな。
いい加減にトラウマになるぞ・・・。
「退屈せずに済みそうだわ。」
ベルゼの目玉がギョロリと俺達を見上げている。その長い髪をシナノが掴み持ち上げた。
「お前の目的は何だ?」
「目的?さぁね。」
「これ以上この地に踏み入るな。」
シナノがベルゼを睨み付ける。虫が何匹かベルゼの身体から溢れ落ちた。
「それはお前に指図される覚えはない。
ましてや私が決めることではない。
私の運命は常にあの方と共にあるのだから。」
「またあの方かよ。」
呟いた俺の方を二人が見ている。
シナノがベルゼに視線を戻した。
「・・・・。
あの方とは誰だ?」
「誰より美しく気高くて、誰より貪欲で残酷。我々が敬愛するこの世で最強の王よ。」
「それって・・・。」
俺が言いかけると同時にベルゼの顔がグニャリと
「魔王のことでしょうね。」
既に炭化している虫の上で這い回る虫達を見つめながらシナノが言った。
羽虫がブンブン俺達の周りを飛び回る。
「あ」
間の抜けた声でシナノ。
「どうした?」
「1匹逃がしました。」
「え?」
ボンっという音と共に、室内にいた虫達が燃え上がる。さっきよりは小規模だが、やるならひとこと言えよな。
「追います。」
「追いかけんの?」
「本体に戻るやもしれません。」
「・・・まあ、無理すんなよ。」
「御意。」
既に外へと繋がる裏口の扉を開けながらシナノが返事をした。
もう追いかける気満々だが、実際にその虫を追って、本体に出会したらどうするつもりなんだよ。
・・・戦うに決まってるか。
「キャルロット殿。
呉々も惑わされること無きよう。」
シナノの強い眼差しに取り敢えず頷いた。
さて。一人残された調理場で、この後の処理について考える。
騎士団長に報告が先か。
さっきの祝宴の席にまだいる筈だ。
振り返ってドアノブに手をかけようとした時、丁度(というべきか)扉が開いた。
若いメイドと目が合う。驚いた表情のまま固まるメイドに、自分の顔が目元しか出ていないことに気がついた。
「キャ・・・キャルロット様?」
よく気づいたな。
てか、このメイドが下手に騒ぐと不味い。
俺が一歩前進すると、ハッとしたように彼女は後ろに退き頭を下げた。
「申し訳ありません!」
いや、怒ってねーけど。
そう見えたんなら仕方ないか。
扉を閉め、シナノが巻いてくれた布を外そうと手を回した。予想外に固く結ばれた布に悪意しか感じない。
布と格闘する俺をメイドがじっと見ているのに気付いた。
「悪いけどネル呼んできて。」
「かしこまりましたっ。」
逃げる様に走り去る背中を見送る。
「キャルロット。どうした、こんなとこで。」
メイドが去った方向から現れた騎士。
「ラリーさん。」
彼はラリー=シードレスといい、ラグドール皇国騎士団の中で俺とセイヴァルが、父の次に信頼している人物だ。
年は27歳。黒髪で長身。
基本的に愛想は悪いが、剣の腕も立つし頭もキレる。幼いころから俺とセイヴァルを可愛がってくれ、周りからは兄弟に見られたし、俺もそうだったらいいのに、と常々思っていた。
ラリーさんが調理場の扉に目をやった。
「何があった?」
「魔物が・・・。
調理人が何人か殺られました。」
「魔物?」
「魔物が殺ったっていうより虫が。」
俺の説明を聞くより見た方が早いと悟ったのか、ラリーさんは調理場の扉を開けた。
「酷いな。」
「すみません。
突入した時にはもう・・・。」
「その魔物っていうのは何処だ。」
「ここにいたのは分身だったようで、俺の・・・仲間が追いました。」
「成程、分身か。
どうりで
そういえば。
神官達に悟られる事なく魔物がこの国に侵入できる筈はない。分身だから人間界に侵入できたとしたら、本体を追ったシナノは魔界まで行かなきゃいけないのか?
魔界に繋がる結界は神殿が常に監視し、管理している。
あ。けど、何故かコモンドール山脈の洞窟に至っては神殿の管理が為されていなかった。
シャスラーが亀裂の入った結界から侵入する魔物を食糧としていたが、神殿と何らかの交渉をしていたのだろうか。『結界見ててやるから洞窟に住まわせろ』的な。
違う。
ピッテロ様があの宿屋で言ってたじゃないか。
『彼は気難しい方だからラグドール神官の前には現れない。』
シャスラー基いブラフマーがピッテロ様の言ってた神に間違いないハズ。
と、なると神殿との交渉は有り得ない。
いやいや、今はそれは置いておこう。
つまりは、神殿の管理が行き届かない結界が他にもあるかもしれないということだ。
「得体がしれない相手だ。城の護りを強化だな。
キャルロット。お前は皇女の護衛を。」
「はい。」
「ラリー様。キャルロット様。」
幾分か息を切らせてネルが俺達に近づいてきた。俺達の表情に只事ではないのを悟ったように調理場の中を確認する。やがて彼女は惨劇から目を背け、ハンカチで口を覆った。
「こちらは私にお任せ下さい。」
「ネル、悪いな。」
ラリーさんが労うようにネルの肩を叩いた。
「キャルロット様、アリア様はお部屋にてお休みなさるところです。
フレドニア様はいつもの様に。セイヴァル様はアリア様のお部屋の前で待機しております。」
「必ず護る。」
宴はまだ続いているのか、打楽器の音が遠く聞こえる。
それに混じる落雷の音。
雨は嫌いだ。
ネルの頬を涙が伝う。
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