第48話 魔女の予言
「キャル。」
アリアの部屋の前にいたセイヴァルに一部始終を伝えた。結局、シナノが巻いてくれた布は外せなかったからそのままだ。それに対して何も突っ込まないセイヴァル。
「魔王の手下がラグドールに・・・?」
「まだ確信はないけど、そうだとしたらこの国は平和じゃなくなるかもしれない。」
長く続いた争いのない平和な時代に生まれた俺達が、どれだけ魔王と戦う力があるのかわからない。命を賭して国と皇族を護る教えや訓練は受けてきたつもりだ。
「兄上の祝宴の日にこんなことになるなんて・・・。」
セイヴァルが青白い顔で呟く。
魔物にとってはめでたい日だろうがそんなの関係のない話だけどな。
「シナノは大丈夫かな。」
「アイツは大丈夫だ。危なくなったら逃げるだろうし。」
逃げ足も早いし。
「シナノが逃げるタイプに見えるか?」
セイヴァルが半眼で俺を見る。
見えねぇわな。
「・・・無理すんな、とは言ったぞ。俺は。」
「じゃあ大丈夫だ。」
セイヴァルがホッと息を吐いた。
「シナノは俺達の命令に背く事はない。」
「・・・。」
セイヴァルは俺より長くシナノと時間を共にしてきたから、シナノのことは俺より理解してる筈だ。常にシナノは俺達を護るべき主として陰ながら見守り、俺達の命令には絶対応える。
が、俺が無茶するなと言ったところで、俺達が思ってるよりとんでもない無茶すると思うぞ。
───痛てっ。
骨の痛みに耐える。
涙目になっている俺を見てセイヴァルが肩を竦めた。こんな時に魔物が襲ってきたら洒落になんないぞ。
窓の外に目をやると、強くなってきた風雨が草木を揺らしている。
夜は魔の時間だ。
「夜分遅く失礼致します。」
兄の婚約者であるセシリア。
結い上げた髪が乱れ、光沢のある紺色のドレスに薄いショールを肩に掛けただけの姿から、慌てた様子が窺える。
「アリア様にお目通しを。」
「申し訳ございません、セシリア様。
姫は御就寝中につき、何人もお目通りは叶いません。」
セイヴァルがアリアの部屋の扉の前に立ち、セシリアの行く手を遮った。
幾らアリアの教師とはいえ特例は許されない。皇族との面会には事前の予約と、アリアの場合には側近フレドニアの承認がなければ姿を見せることもない。
セシリアがセイヴァルをじっと見つめている。
「お願いします。セイヴァル様。
今すぐアリア様にお伝えしなければならないのです。」
「託けなら俺達が聞きましょう。」
「・・・予言がございましたのです。」
セイヴァルの意思が変わることの無いことが分かったのだろう、彼女は息を吐くように言葉を発した。
「私には先読みの力があります。稀にではありますが。」
魔女。
豪華なドレスを着ているセシリアに、改めてそんな印象を受けた。
チラリと彼女は俺を見る。
やはり、この目は何処かで・・・。
「しかし、この様なことを申し上げたら私は咎められるでしょうか。」
「アリアの将来に何か起きるってことか?」
急に躊躇い出したセシリアに苛立ちを覚える。意気揚々とここまで来た割りに面倒臭いな。
いや、待て。
皇族の寝室のあるこのフロアに来るには、階下を警備する兵士の許可がないと来られない。アリアに予言を伝える為なんて漠然的な理由で通れる訳はない。
「『泰平の世は終には滅び、嘆く皇女は混沌の血の海の中。絶望のままに息絶えるだろう。』」
低い声で彼女がゆっくりと語る。
ガチャリとアリアの部屋の扉が薄く開いた。
アリアの白い顔が少しだけ覗く。
「セシリア先生、今のお話は本当ですか?」
「ああ、アリア様っ。
お目通りできて良かった。
私の予言は外れた事はありません。
皇女様の御身に危険が迫っております。」
物騒な予言を吐いた後で、その当事者とは思えない笑顔にセシリアの表情が変わる。
「ですが、予言を回避する方法を私は存じ上げているのです。
すぐにでもアリア様にその術を施したいのです。」
「・・・・セシリア先生。
お願いします。」
は?
アリアの蒼白した顔を二度見する。
いや、予言って。本当かどうかわかんねぇのに?
俺がいない間に二人は絆を深め、それだけセシリアの事を信頼しているということなのか?
セイヴァルの表情を確認するが、よくわからない。兄嫁だからセイヴァルも信用してるということか?
「お部屋の中で早速。」
「ええ。お入りになって。」
部屋に招き入れられたセシリアは俺達に会釈をして横を通り過ぎた。
「待て。」
扉が閉まるのを俺は足を滑り込ませて止める。
「キャル?」
「キャルロット様?」
セイヴァルとセシリアが同時に言った。
「俺も立ち会わせてもらう。」
「私は構いませんが、皇女様のお許しがございますれば。」
断られるかと思ったけど、すんなりセシリアからの了解を得た。
俺からは見えない部屋の中のアリアの返答を待つ。
「お許しが出ました。どうぞ。」
恐らく頷いたのだろう、セシリアに促されて中に入った。文机とソファにテーブル。大きなキャビネットの上に、アリアに面立ちの良く似た少女の人形が2体並んでいる。
部屋の更に奥に寝室があり、勿論男子禁制だ。この部屋の隣にフレドニアの部屋があるのだが、顔を出さないとは風呂とか入ってるのだろうか。調理場の出来事はフレドニアの耳に入っていない可能性もある。
平和が長過ぎたラグドール皇国の緩みきった臣下達。連携も何もあったもんじゃない。
それでも、この国に何かが起ころうとしているのは確かだ。
俺は入り口で二人の様子を傍観することにした。何かあれば扉の裏側にいるセイヴァルにお互いに報せ合う事ができる。
「皇女様、全て私にお任せ下さいませ。」
「ええ。お願いします。セシリア先生。」
アリアがソファに腰掛ける。
照明は燭台に灯された蝋燭の明りだけ。
蝋燭の灯に顔を照されたセシリアが静かに香炉に火を付けた。眼鏡に炎が揺れる。
やがて、甘い香りが漂い始めた。
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