第46話 火気厳禁
調理場の前でシナノを見つけた。
シナノの足が速いのは知っていたが、ゴスロリも相当速い。あのどビラビラしたドレスでよく走れたもんだ。
扉に張り付いて様子を窺うシナノの隣に着き同じ様な体勢で息を整える。
ラグドール城には調理場が5箇所ある。ここは使用人達の食事を作る調理場だ。セイヴァルと城の探検やかくれんぼで何度か邪魔しに来たことがある。
中からガチャガチャと金属のぶつかる音がする。それに混じる耳障りな雑音は虫の飛ぶ音。コモンドールの洞窟で見た無数の羽虫を思い出して総毛立つ。音的にあの時の比では無い程の数がいそうだ。
いかんいかん。アイツに羽虫はセットなんだから慣れなければ。
「突入しますか?」
シナノの言葉に深く息を吐く。
「扉開けたら虫ブーンだよな・・・。」
「城中に拡がらぬようにこの場で留めます。」
城中に・・・。
想像して更にゾッとする。
シナノが懐から黒い布を取り出した。そして、俺の背後に回り手際よくその布を使い顔を覆ってくれた。
「調理人達の気配がありません。」
「逃げてくれればいいけどな。」
意を決して調理場に入り、急いで扉を閉める。
想像を絶する光景。
飛び交う羽虫の大群に調理場は埋め尽くされ、黒と化した室内に目を開けるのもやっとだ。料理の匂いに混じった生臭さがするが、シナノが巻いてくれた布が無ければ嘔吐していたかもしれない。
「遅かったわね。」
ゴスロリが調理台の上に座り、大して待ちわびた素振りもなく言った。彼女が食い散らかしたと見えるでかい鍋や食器、食材がその周囲に散乱している。それに群がる蝿。
「お行儀悪いな。お姫様。」
腰の剣に手をやる。どうやらこの調理場には、ゴスロリと羽虫以外の侵入者はいないようだ。料理長を始めとする使用人の姿もない。
「人間の作った料理も意外に悪くないわね。
でも、やっぱりアンタが一番美味しそう。
あの方に献上してあげるわ。」
血の匂い。
それは食材である生肉からの物と・・・。
俺の見える範囲で確認できないが、使用人の何人かは既にコイツらの餌食になってしまったかもしれない。
まずはこの虫達を何とかしないと、戦闘になったら面倒だ。
俺の背後にいるシナノを振り返る。と同時に、頭を強く押さえつけられ、その場に俯せにされた。
「失敬。」
「お前な・・・っ!!」
前を見据えたシナノの横顔を非難囂々の眼差しで見る。
熱っ!?
目の前で起こった爆風に目を細める。
シナノが放った炎で、室内に無数に存在していた虫達が一斉に焼かれたのだ。
一瞬で炎が消える。
「よく燃えましたね。」
いやいやいやっ!下手したら俺まで巻き添いになるとこだったぞ?
煙の残る中、ゴスロリがワナワナと肩を震わせて、シナノを睨み付けている。
「私の可愛い子供達をよくも・・・っ!」
え?
産んだの?
そりゃまた子沢山なことで・・・。
炭化した虫が床を黒く染める。
辛うじて燃え残った個体が時折、ジジジっと羽を震わせ耳障りな音を鳴らす。
シナノがその1匹を踏みつけた。
「後は某にお任せあれ。」
「そのチビから先に殺す。」
ゴスロリの表情が冷酷な物に変わる。
チビとか言ってるが、シナノよりもゴスロリの方が背が低い。
シナノが体勢を低くして、腰に差していた短剣の柄を握り締めた。シナノの背中に背負っている異国の大剣、流石に室内で振り回す訳にはいかないだろうが、それを抜いた所は一度も見たことがない。
ゴスロリがシナノの顔を見て口の端を歪ませる。
「我が名はベルゼ。
お前は?」
ゴスロリ改めベルゼが言い放つと同時に、深く息を吸った。シナノはそれに答えず、ベルゼに向かって突っ込んで行った。
「!!」
低い姿勢のまま抜刀したシナノの短剣は、黒い壁に阻まれた。ベルゼが吐き出した無数の羽虫が一瞬で、主であるベルゼを守る様に分厚い壁を作ったのだ。それに臆することなく更に短剣を振り下ろすシナノ。
その度にボトボト音を立てて羽虫達が床に散らばる。防戦一方に見えたベルゼの手にいつの間にか剣が握られていた。
おいおい。
それって虫で出来た剣じゃねーのか?
短剣とはいえ、金属製の剣に敵うわけないだろ。
シナノの機敏に繰り出される攻撃に当たる度にベルゼの剣が歪む。攻撃をする訳でもなく、ただ忠実に主を守るその剣は綿のように敵の攻撃力を吸収し続けた。
自分に殺気を向ける金属の刃に比べれば、これ程戦い辛い相手はいないだろう。
それでも攻撃を休めないシナノの一手が、大量の羽虫を宙に拡散させた。その時を待っていたかの様に虫達がシナノの視界を塞いだ。
一瞬、勝利の笑みを浮かべたベルゼの表情が固まる。
「キャルロット殿。」
シナノがこちらを一瞥した。
「・・・悪かった。」
何だよ。余計なことすんな、みたいな目だな。
小柄な体とは不釣り合いな位に長く伸びたベルゼの腕。その先端の刃の様に研ぎ澄まされた5本の鋭い爪が、対峙するシナノの心臓を狙ったまま止まっている。
ベルゼが変形した自分の腕に深く刺さるダガーに目をやった。俺が投げたヤツだが大したダメージは与えてはいない。
彼女の白い首元にシナノの大剣が降り下ろされていた。更に深く食い込んでいく妖しく光る刃から赤い血が滴る。
あの長さの大剣を抜刀するのに生じる筈のタイムラグ。それが全く感じられなかった。 一体、いつの間に抜刀したんだ?
同じ事を思ったのか、ベルゼの瞳が大きく見開き震えている。
シナノが刃の流れのままに大剣を引き抜いた。
「この大太刀の名は
成程、魔物は良く切れる。」
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