第19話 森の中の悪夢

 避難しようとしていた所に、マリオの娘、セネカが静かに鳥舎に入ってきた。カルラ達がクルルッとセネカを見て鳴いたから気づいたのだが。


「セネカ、おはよう。」


 セイヴァルがセネカを見て微笑んだ。


「・・・おはようございます。」


 何だかセネカの様子がおかしい。

 普段から物静かで目立たない女だけど、いつにも増して暗いし、着ている服のあちこち汚れている。髪の毛に葉っぱついてるし。コケたか?

 彼女は俺達の方に顔を向けることなく黙々と鳥舎の掃除を始めた。マリオはチラリとセネカを見てから、俺達に『もう行っていいぞ』と表情と手の動きで合図した。


 俺とセイヴァルはカルラに乗って、ラグドール城から逃げる様に飛び立った。地上で女達が何やらキャアキャア言っているが、完全に無視。

 暫く飛んだ所で夕方までには帰れる範囲の距離にある森で休む事にした。澄んだ川の水で顔を洗い深呼吸をする。


「今日のセネカのこと、どう思う?」


 セイヴァルが唐突に口を開いた。

 今日のセネカ?


「まぁ、どうせお前は『興味ない』とか言うんだろうね。」


 いつにない神妙な面持ちのセイヴァル。

 確かに興味ないけど、何が言いたいんだ?


「もしかしてあのコ、俺達のせいで他の女のコから苛められてるんじゃないかな。」


 何それ。

 セネカは俺達と何の関係もないじゃねーか。

 俺達(主に俺。)が頻繁に出入りしている鳥舎の番人の娘ってだけで苛められてるっていうのか?意味わかんねーな、女って。

 だからって、俺はカルラの調教やめないが、このイカれた今の状況を何とかしなきゃいけないのは確かだ。


 静まり返った森に時折、鳥の鳴く声が響いた。カルラが栗鼠のつがいを見つけて首を傾げながら目で追っている。

 柔らかな木漏れ日と安心感からか眠くなってきたので、苔が乾いているのを確認して横になる。

 あ、カルラに餌・・・。

 セイヴァルが2羽のカルラを撫でながら餌をやっていた。


 それを横目で見てからゆっくりと目を閉じた。毎日暗い内から神殿に通っているからどこでもすぐに寝れる体質になってきている。

 明日はピッテロ様をどうやって捕まえようかと考えながら、微睡む。



 夢の中で大人になったロザリオが目の前にいる。何故か金色の瞳じゃなく、青い瞳だが俺には直ぐにロザリオだと判った。

 想像を遥かに越えた美しい姿に息をするのも忘れて思わず見蕩れる。

 こんなに近くにいるのに、こんなに愛しくて堪らないのに、手に入らないのか?


 俺の許を去ろうと振り返るロザリオの腕を無意識に掴んでいた。

 そのまま抱き寄せる。

 余りにもリアルな感触に胸が張り裂けそうだ。

 このまま時間が止まればいいのに。


 顔を上げると視線の先にアイツがいた。

 余裕の笑みを浮かべている大人の姿のルゥ。無駄にエロいのが鼻につく。

 ルゥがニヤリと笑いながら口を開いた。


「ロザリオはボクの妻なんだから諦めなよ。

 キャルロット。」


 は?

 今、なんつった?



 どれくらい眠っていたのか。

 カルラに髪の毛を啄まれて目を覚ました。

 まだ寝惚けた頭で体を起こすと、足許にセイヴァルが爆睡している。

 何だか森がさっきより暗く感じるのは気のせいか?

 それより、そろそろ戻らないと城に到着するのは日暮れになっちまうな。


 小枝の折れる音がして、その方向に目をやった。薄暗い森の奥。俺達から数十メートル離れた先に黒い人影がある。じっと目を凝らすが、黒いローブ姿の目深に被ったフードから男か女か、若いのか年寄りなのか判別できない。

 セイヴァルも気配に気付きゆっくり身を起こして、横に置いていた剣に手を伸ばした。


「・・・。」


 微動だにせずこちらをただ見つめる不気味な姿に、こちらも相手の出方を待つしかない。

 ふと、そいつとは別の視線を感じて頭上を見上げた。木の枝に無数の烏が息を潜めながら停まっていて、俺達を見下ろしていたのだ。

 気味が悪い。


 黒いローブのヤツがこちらに向かって何かを放り投げた。キラりと光りながら俺達のすぐ近くにその何かが落ちる。


 瞬間。

 それが合図となったのか、一斉に烏達がカーカーギャアギャア騒ぎ出し、俺達の頭上を飛び回り始めた。

 烏の黒い羽根や葉っぱが舞い散り、風圧と羽ばたきに目を開けることができない。

 俺は黒いローブのヤツが放り投げた物を烏の隙間を縫いながら、何とか拾い上げてみた。手の平サイズの紫色の石だった。


「アメジスト?」


 烏達は狂った様に鳴きながら、次々に森から飛び去っていく。気がつけば黒いローブのヤツももうそこには立っていなかった。

 さっきまでの騒ぎが嘘の様に静まり返る森の中、カルラ2羽と呆然と立ち尽くす俺達。


「何だったんだ?」


 俺の言葉にセイヴァルが首を横に振った。


「やばっ、もう帰らないと。」


 そうだった。

 俺はアメジストをポケットに捩じ込んでカルラに跨がった。


「うわっ。それ、持って帰るの?」


 セイヴァルが物凄い嫌悪の表情で俺のポケットを見ている。

 俺は頷いてから、カルラを助走させた。

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