第37話 何か来る

「取り敢えずアラクシュミー様を早急に呼び寄せねば。」


 シャスラーが焦りの表情で寸胴鍋がある焚き火の前に胡座を組んだ。

 鍋の中はあの蜥蜴みたいなのが入ってるのだろう、さっきから良い匂いが洞窟の中に充満している。

 ごにょごにょと呪文を唱え始めたシャスラーの前にある鍋の蓋を開けて確認すると、じっくりコトコト煮込まれた肉が入っていた。

 アラクシュミーが出てくるまで朝飯にするか。シャスラーに許可を取らずに皿によそう。


「ラクシュミーも食う?」


「遠慮する。」


 ラクシュミーは結界の方に行ってから、直ぐにまた戻ってきた。


「姉様が戻りとうないと抗っておる。

 長丁場になるぞ。」


 面倒臭いヤツだな。

 もう、魔界に住んで貰えばいいんじゃねーのか?不幸を司る女神とかそっちの方が都合いいんじゃね?


 話は変わるが、この煮込み料理の味付けが変わっている。前回食べた時は塩で味付けしただけのシンプル克つ素材の味を大切にしたモノだったのに対して、この味はなんだ?

 俺は洞窟内を見回してから、自分のケツに敷いていた四角い木の箱に気付いた。確か、シナノと初めて知り合った時に背負ってたヤツだ。

 皿を地面に置いて箱の蓋を勝手に開ける。

 箱の中に掌に収まるくらいの壷や大瓶が何個か入っていた。


「味噌と醤油じゃな。豆を発酵させた黄金の国の調味料じゃ。」


 ラクシュミーが俺の隣にしゃがんで箱の中を指差した。

 この味は・・・調味の分量は違うがピッテロ様と行った宿屋のメシと同じ味の様な。

 と、あの時を思い出すと何となく眠くなってくる。


 長丁場になるとか言ってたけどどれくらいかかるんだろうか。

 洞窟の壁に寄りかかってシャスラーを眺めた。さっきからアラクシュミーを呼び寄せる長い呪文の詠唱が続くが、結界には何の反応も起きない。その姿を見ていたらいつの間にか目を瞑っていた。


「何か来る。」


 ゴゴゴゴゴ・・・


 シャスラーが言ったのと同時に低い地鳴り。

 結界が不気味な黒い煙を上げた。

 何か来るってアラクシュミーじゃねーの?


 ゆっくりと目を閉じたまま結界から姿を現わしたのは、少女だった。

白いゴテゴテのレースやフリルをあしらった黒が基調のワンピース姿のゴシックロリータファッション。まあ、少女なんだからリアルロリータだ。白いレースのヘッドドレスと縦ロールのプラチナブロンドに人形の様な小さい顔。全体的な顔のパーツは小さいのにパッチリした大きな黒い瞳だけが印象的だ。年の頃はアリアと同じ10歳くらいに見えるが、こちらを見据える禍々しい眼力が、容姿にはどうも不釣り合いに感じずにはいられない。

 まさか、これがアラクシュミーなのか?


「ちょっと困るんだけど。」


 少女が言った。


「こういうヤツ魔界に送り込んでくるの止めてくれないかしら?」


 よく見たら少女の手には鎖が握られていた。その鎖をグイっと乱暴に引っ張るゴスロリ。


「姉様!!」


 体に鎖を巻かれた女が地面に横たわる。

 ラクシュミーが結界に走り寄り、その体を起こした。そっちがアラクシュミーか。

どうやらアラクシュミーは気を失っているようでピクリとも動かない。

 忌々しい物を見るようにゴスロリがアラクシュミーを睨む。


「コイツのせいであたしの悩殺ボディー計画が台無しになったんだから。

 こんなシンプルな胸にしてくれちゃって、どう責任取ってくれんのよ?」


 は?


「折角、魔力を貯めてGカップ美女に変身しようとしてたのにコイツが邪魔したせいで、こんなチッパイになっちゃったのよ!!ムカつく。」


 一瞬、静まり返った洞窟内に少女の甲高い声が響く。

 て、よくわからんが本当は子供じゃないってことか?


「神にこの様な無礼を働きおって無事で済むと思うな。悪魔め。」


 後ろ姿だから表情は確認できないが、ラクシュミーの金髪が逆立っていく。

 相当、ご立腹と見えるな。


「は?何が神よ。このあたしが神なんか畏れるワケないじゃない。」


「消す。」


 瞬間、ラクシュミーの言葉でゴスロリの体が真っ黒になったように見えた。

 ラクシュミーこわっ。


 いや、違う。

 よく見ればゴスロリの体が黒い無数の羽虫に包まれているのだ。ブブブという耳障りな羽音が、離れている俺の所まで聞こえてくる。

 近くにいなくて良かった。気色悪すぎ。


「ラクシュミー様!アラクシュミー様!」


 シャスラーの声に二人の体が一瞬消えて、こちらに現れた。瞬間移動ってヤツか。

 シャスラーが立ちあがりゴスロリに対峙する。


「お前などラクシュミー様の御手を煩わすまでもない。」


「ふん。

 あのね、言っとくけど最初に喧嘩を吹っ掛けてきたのはそっちでしょ?」


 まぁ、そういわれてみればそうだよな。

 突然、不幸を司る女神とやらが自分の所に押し付けられたら俺でも怒る。


「あたしは心が広いから許してあげるわ。

 まだあの方が復活されてないから魔力も十分じゃないしね。」


 あの方?

 ゴスロリが肩に懸かった髪の毛を払い除けた。そして、今頃俺の存在に気付いてこちらを凝視する。


「人間?」


 眉根を寄せるゴスロリ。


「綺麗な人間は好きだわ。

 美味しそう。」


 マジで。

 ニヤリと微笑む少女の口元に二本の牙が光るのが見えた。


「ああ、でもアイツの匂いがする。

 やっぱり人間界こっちに来てるのね。」


「居ね。」


 シャスラーが強い口調でゴスロリに向かって言った。それに動じる素振りも彼女は見せない。


「神も人間も覚えておくがいい。

 この世はあの方の脅威の力により戦場と化し、恐るべき業火に焼き払われ、お前達は我等に平伏す下僕しもべとなるだろう。」


 不敵な笑みを浮かべるゴスロリの体をまた無数の羽虫が包み霧散した。

 少女の姿は消え、静寂する洞窟内にパチンとたきぎの弾ける音が響く。


 待て待て。あの方だのアイツだの。

 そしてお前は誰だったんだ一体。

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