第38話 幸か不幸か
洞窟の中。
未だに気を失っているアラクシュミー。
姉に寄り添うラクシュミー。
結界に向かって呪文を唱えるシャスラー。
俺はというと、寝るのに飽きて、シャスラーの持ち物を物色中だ。
これが意外に面白い。
殆どがラグドール皇国の物ではなく、異国の物なのだ。
外国語で書かれた書物や巻き物。赤や青、金の独特の装飾をあしらったネックレスやブレスレットはシャーペイ辺りの物だろうか。シャスラーのいつも座る場所の敷物もオリエンタルな柄はピンシェルの織物だ。
よく見れば高価な品が多いが盗品とかじゃないよな?
「う・・・っ。」
「姉様!気が付かれたか!」
「・・・ラクちゃん?」
心持ち少し距離を取り、意識を戻したアラクシュミーの方を見た。
正直、ラクシュミーとはあまり似ていない。
神サマなのにオーラというか、華がない。
目が隠れるんじゃないかと思うほど長い前髪と特徴のない目鼻立ち。肩の辺りで切り揃えられた黒髪は寝ていたせいで乱れている。着ている服も神様が着ているような柔らかい薄い衣ではなく、真っ黒いローブで宝飾品と言えば華奢な金のネックレスくらいか。
いくら不幸を司る女神だからと言っても、身形くらいは気を使ったらどうなのだろうか。
「姉様。何故人間界へお越しになられた?」
「だって・・・。」
威厳たっぷりなラクシュミーの顔を怖ず怖ずと見上げるアラクシュミー。どっちが姉かわからねぇな。
「風の便りにラクちゃんがヴィシュヌ様に捨てられたと聞いてね、慰めなきゃ、と思ったんですもの・・・。」
「はあ!!?」
ラクシュミーの挙げた素っ頓狂な声が洞窟内に響き渡る。
「妾が捨てられたのではなく、妾が愛想をつかしたのです。」
「そ・・・そうなのね・・・。
私の勘違いだったなんて、嫌だわ。」
アラクシュミーの表情が更に暗くなり、周りの空気が
「そう、そうよね。
美しくて気高いラクちゃんが捨てられるなんてありもしないのに、あるわけないのに、私ったら・・・私ったら・・・っ。」
ブツブツと呪いの言霊を吐くようにアラクシュミーが呟く。なんか怖いんですけど?
「あ・・・姉様、落ち着きなされ。
さあ、妾のことは御心配なさらず神界にお帰り下さるよう。」
「ラクちゃんは?」
「妾は愛しの君の傍に居りたいので、此方に残ります。」
「老けるわよ。」
「あ。」
「ラクちゃん。
「・・・はい。日々が楽しくてつい。」
「駄目じゃないの。人間界と神界は時間の流れが違うから、劣化が早いって忘れてたのね?ラクちゃんってばホントに恋すると周りが見えなくなっちゃうんだから。」
完全に形勢逆転され、ラクシュミーが小さくなる。
「烏の爪跡は呪いでは無かったか。」
ラクシュミーはそう呟いてヨロヨロと立ち上がり、二人のやり取りを見ていた俺に近付いてきた。
「キャルロット。」
「ん。」
帰るってか?
ラクシュミーを気に入ってた母には巧く言っとくけど、寂しがるだろうな。
「妾は其方と離れとうない。伴に来るのじゃ。」
まあ、またいつか会える・・・んんっ?
「はぁ!?」
俺より背の高いラクシュミーが、ガッチリと俺の腕を掴んでいる。
「あら、その方がラクちゃんの新しい恋人?
フフフフ。」
ズルズルと長いローブの裾を引き摺りながら、アラクシュミーが俺達の方へ近付いてきた。
やめろ!お前は俺に近寄るな!!
「フフフフフ。私はアラクシュミー。
皆様私のことを不幸を呼ぶ・・・司るだったかしら?不幸の女神と呼んでいますの。
私と会った事を1週間以内に4人に教えて差し上げると不幸から免れるとか免れないとか。フフフ。」
何だよその不幸の手紙みたいな設定!?
地味に女神と手紙が掛かってるし!
「ネェちゃん。」
シャスラー!!助けろ!
結界の修復を終えたシャスラーが遠巻きにこちらを眺めている。アラクシュミーの呪いが恐いようだ。
「神界なぞ人間は行けぬのだから、良い社会勉強じゃないか。
シナノに伝令を送っておいてやるから、こちらの生活面は安心するがいいぞ。」
いや俺、別に行きたくねーし。
「パドマ。」
ラクシュミーの声にピンク色のカルラ・パドマが「クルルっ」と喉を鳴らし返事をした。
え?神界ってパドマに乗って行くつもりか?
「俺、行かねぇって。」
「・・・そうか。
では最後に其方の顔を
「?」
ラクシュミーに顔を見つめられ、自然と見つめ合う形になる。
瞬きをしない藍色の瞳が薄っすらと金色に光る。頭の中に桃色の煙がゆっくりと広がり充満していく。そうしている内に段々何も考えられなくなってきた。
何だ?コレ。
「キャルロット。妾と伴に神界に参ろう。」
鼓膜が圧迫されている不快な感覚の中に、ラクシュミーの声だけが甘く脳髄に響いている。
「うん。」
次の瞬間に俺は頷いていた。
まだ頭が判然としないままで、自らパドマの背に乗り込み、満足気な顔のラクシュミーの手を取り前に座らせる。
「アラクシュミー様、ラクシュミー様。
お名残惜しゅうございます。」
「其の方も参らぬか?」
「いい考えね、ラクちゃん。」
アラクシュミーがシャスラーの持ち物である絨毯を引っ張り出し床に広げながら言った。
「久しぶりに神界に帰ってらっしゃいな。」
「いえ、我は此処に居るのが性に合っています故。」
俺はシャスラーをぼんやり眺めた。
・・・帰ってらっしゃいな?
アラクシュミーの乗った絨毯が地面から浮き上がる。
「そう。残念ねぇ。」
「さらばじゃ。ブラフマー。」
ラクシュミーの言葉で脳内が完全に覚醒した。シャスラーのチリチリ髭面を指差して、俺は声を出そうとするが、アワアワして中々言葉が出ない。突然、パドマが走り出した為に益々喋れない。
薄々気付いていた筈だ。
何故その時はっきりさせなかった?
『ブラフマー』
その名前には憶えがある。
時を創造する聖者=ブラフマー。
何が仙人だ?
神を信じていないだって?
「お前こそが『神』じゃねーか!!」
俺の非難めいた叫びがコモンドール山脈の洞窟に反響した。
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