第39話 神界アスガルダ

 神界アスガルダ

 神界に拉致されてからどれくらいの時間が経ったのか。神界は昼も夜もない。朝靄の中にいるような幻想的な世界に高い山々が連なる。山のあちらこちらから落ちる滝が大小様々な湖を形成し、そこに咲き乱れる桃色や白の蓮の花。樹木には桃や柑橘がたわわに実り、咲き乱れる花に見たこともない色の蝶が舞い遊ぶ。花が咲くのと実がなるのが同じとは何とも奇妙な光景だが、神々にとっては常なのだろう。

 見目麗しい神々や美しい天女が水辺に遊び、笑い声があちらこちらから聞こえる。

 天国。楽園。理想郷。桃源郷。極楽浄土。

 此処に訪れた者はそんな言葉を思い浮かべるだろう。


 実際にこっちでの日々は楽しい。

 気の合う神達とも出会った。


「キャルロット、何回目だよ。」


 獅子の頭をした半獣人の神ナラシンハが剣を構えてニッカリと牙を見せて笑った。

 俺は地面に仰向けに寝たままでその顔をチラリと見た。


「・・・7回。」


「人間界でなくて良かったな。」


 湖から顔を出した下半身が魚の神マツヤが尾鰭おびれで水面を叩く。


「それとも1度、人間界あちらで死んでおくか?肉体がないと身軽かもしれんぞ?」


 マツヤは物騒な事を言っているが、実際に神界こっちに来てから俺はナラシンハに何度も殺されている。ナラシンハは戦いの神だけあって目茶苦茶強い。多分、手加減はしてくれている筈だとは思うのだが。

 飯食ってるか寝ている以外はナラシンハと戦っているが、全然勝てない所か一矢も報いていないのだ。


 初めて死んだ時はかなり驚いた。

 俺を殺す時に高らかに笑うナラシンハと、周りで見ていた神達が手を叩いて笑っているのを見て、狂っている、と思いながら死んだ。


 何故生き返ったか。

 それは世界樹アクシャヤヴァタの恩恵を受けているからに他ならない。

 神界に於いて死は存在しない。

 要は死とは無縁で、俺が死んだと思っているのは肉体の記憶に囚われているからだと神は言う。しかし、ナラシンハに斬られる時に味わう痛みは洒落にならない程、物凄く痛い。


「痛覚など此処に居れば慣れてしまうさ。

 それにしても、強くなったぞ、キャルロット。」


 ナラシンハの手を借りて立ち上がる。俺の倍はあり迫力ある獅子の頭。身長も2メートルを超える大男だ。

 彼の中で俺の初対面は最悪だったらしい。

 俺が桃の木の下で寝ているナラシンハのタテガミを思いっきり引っ張ったからだが。本物かどうか調べただけなのにナラシンハの怒り様といったら、神界が崩壊してしまうかと思う程だった。何はともあれ、俺は神の一撃により痛みを感じる間もなく、初めての死を味わう羽目になる。

 頭が胴体から切り離されたんだから、そりゃ死ぬって。切り離された筈なのに何故か視覚や聴覚は有効。その時の俺は横たわる自分の胴体と周りの景色を呆然と眺めるしかなかった。初めは頭と体がくっつけて手足の感覚を思い出すのに時間がかかったが、今では数分で取り戻せるようになった。


「キャルロッロあそぼ。」


「あしょぼ。あしょぼ。」


 獅子の子供達がヨチヨチ俺に纏わり付く。ナラシンハの子供達だ。父親同様に頭は獅子、体は人間と同じだが体毛は濃い。鬣はまだなく、人間でいうと2、3歳くらいだろう。

 腰に布を巻いた半裸の方が男(雄か?)で、ワンピース姿の方が女(雌)だと思われる。釣竿に鞠を括り付けた玩具で2人を玩ぶ。キャッキャ言いながら手や口で鞠を捕まえようとはしゃぐ子供達。普通に可愛い。いや、可愛すぎだろ。


「クルル・・・。」


 パドマ?

 獅子の子供達をじっと見つめるパドマ。


「その鳥にも子がいるんだな。」


 ナラシンハがパドマを見て言った。

 え?そうだったのか?

 そういや、神殿に雛が2羽いたな。もしかしてパドマの子供だったのかも。


「そろそろ帰るか。・・・ぐふっ。」


 俺がボソッと言うと、待ってましたとばかりにパドマが突進して体当たりしてきた。恐らく甘えているのだろうが痛い。


「キャルロッロかえる?」


「うん。もう帰らないと。」


「やだやだぁっ!」


「とりさんもかえらないで!!」


 俺の足に泣きながらしがみつく2匹。

 危ない、思わず貰い泣きするとこだった。


「こらこら。この鳥さんにもお前達みたいな子供がいるんだ。お母さんがいないと可哀想だろ?」


 お母さん?

 子供達を宥めるナラシンハの言葉に、パドマを見つめる。


「お前、雌だったの!?」


「クルルルルーーー!!(怒)」


「痛っ!」


 他のカルラより体がデカいから勝手に雄だと勘違いしていた俺に、強烈な突っつき攻撃が炸裂する。


「うそうそ!ピンクだから女っぽいぞ!?」


 パドマの攻撃が止み、頭が陥没していないか確認する。

 帰る前に、世話になったラクシュミーに別れの礼を言わないとな。


「家か。」


 神界に来てからラクシュミーは美肌の湯に行ったり、エステの女神とやらを家に招いて美しさに磨きをかけている。正直、違いは良くわからない。

 何となく様子のおかしいパドマに乗り、ラクシュミーの邸に向かう。邸っていうか神殿だな。


 待てよ?


 あれ?この状況って初めてじゃねーぞ?


 頭が割れるような痛みに額を押さえる。

 パドマの足取りがピタリと止まった。

 俺が人間界に帰ることをラクシュミーに伝えに行くこの場面。これを体験したのは1度や2度じゃない。

 ラクシュミーの藍色の瞳を思い出した。

 あの瞳を見るとフワフワしてきて、術にかけられたようになるんだ。


「実際に術にかけられてんじゃね?」


「クルル・・・。」


 「やっと気づいたのか、お前。」と、パドマが溜め息混じりに言ってる気がした。

 このままじゃラクシュミーに別れの挨拶しに行く度に術にかけられて、結局一生帰れなくなるんじゃねーの?

 いやいやいや、こうしちゃいられん。


「パドマ!!帰るぞ!!」


「クルルーー!!」


 パドマが地面を蹴り、くうに舞い上がった。

 帰り道わかんのか?と、思ったが、いつになくパドマが頼もしいアニキ、もといアネゴに見えた。



 この数時間後、無事に人間界に帰れた俺は余りの衝撃に驚愕とすることとなる。

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