第3章
第21話 宿屋のメシ
ラグドール神殿の階段を駆け上がりながら、俺は昨夜の出来事を思い出していた。兄にとっては確実に悪夢の様な出来事だったに違いない。
突然の婚約破棄に騒然となる会場。兄の婚約者を説得にかかる彼女の親族達。魂が抜けた様にただ茫然と立ち尽くす兄。
まぁ、その後はどうなったか、俺はさっさと寝たから知らないけど。
朝の神殿の凛とした空気。いつもより早く着いたのでカルラの鳥舎に寄ることにした。早起きなカルラ達は俺の姿を見つけて黒くて真ん丸な瞳を向ける。
「キャル君。おはよう。」
ピッテロ様がカルラを撫でていた。
あれ?今日はどっかの神殿の礼拝に行ってないのか?
「シャイン君の婚約パーティーどうだった?
僕も御祝いしたかったなぁ。」
・・・その件につきましては、黙秘で。
ピッテロ様から目を離さないまま、近づいていった。肩を竦めたピッテロ様がすぐ後ろの壁を指でなぞると、ドロリと壁が溶けてカルラが通れる位の穴が空く。
ウソだろ?
カルラと共に外に飛び出したピッテロ様の跡を追い、近くにいたカルラの手綱を引いた。確かコイツはピッテロ様のお気に入りのカルラだ。
穴から鳥舎を出たが、上空には既にピッテロ様の姿は見えなかった。ピッテロ様お気に入りのカルラが「乗れ」と言っているように首をクイっと傾げる。
「ピッテロ様の所に連れてってくれるのか?」
「クルルッ。」
他のカルラよりも幾分体が大きくて、赤い羽根が多いコイツを信じるしかない。
俺が跨がると同時にカルラが地面を蹴った。
助走なし???全身筋肉みたいなヤツだ。
ラグドール神殿の上を旋回してカルラは北を目指して飛んだ。
「・・・おーい。」
カルラの羽音と耳を裂く風切り音に混じって、微かに俺を呼ぶ声がする。
振り返ると遠くにカルラが追いかけてくるのが見えた。
セイヴァル?
俺の乗ったカルラが少しスピードを緩めて、後ろのカルラを待つ。
城のカルラでリオの父鳥にセイヴァルが乗っていた。
カルラに乗ったままでは会話もできないから、詳しい話はピッテロ様に追いついてからにしよう。
東の空に朝日が昇り始めた。
まだピッテロ様の影も形も掴めていないが、どこまで行くつもりだろう。いつものタイムリミットは6時までだけど、ここから折り返しても間に合いそうにない。
なんてことを呑気に考えている場合では無かった。カルラはその後も休むことなく飛び続けて、ラグドール領とシンガプーラ領の境近くコモンドール山脈まで来てしまったのだ。すっかり日も暮れて真っ暗な森の中にポツンと灯りが見える。そこに向かって降下していくカルラ。どうやら宿屋の様だ。
宿屋の前にピッテロ様が乗っていったカルラが繋がれている。その近くに俺達のカルラを繋いでいると、宿屋の主らしきオッサンがニコニコしながら出てきた。
「疲れたでしょう、どうぞ中へ。ピッテロ様がお待ちです。」
主がカルラに水と餌を与えながら言った。俺とセイヴァルは顔を見合わせてから宿屋の中に入ると、小ぢんまりした宿屋の入り口すぐに、食事をするスペースだろうダイニングテーブルが2つある。奥のテーブルでピッテロ様が右手を挙げている。
「お疲れ様。キャル君、セイ君。」
「こんばんは、ピッテロ様。」
笑顔のセイヴァルに対し、俺は条件反射的にピッテロ様に向けて戦闘態勢に入った。捕まえて帰らないとジンさんに何言われるかわかんねーし。
「キャル君、今日は鬼ごっこは終わりだよ?
さ、ご飯食べよう。」
罠か?
これまでにも何度かピッテロ様に騙されている俺。簡単に信用できない。
「カルラ達も疲れてもう飛べないしさ。」
それもそうか。
メシ食ってからピッテロ様が寝入った所を簀巻きにして神殿に連れていけばいいか。
テーブルを挟んだピッテロ様の向かい側にセイヴァルと並んで座った。
宿屋の主の奥方かと思われるオバさんが、ニコニコしながら料理を並べる。朝から何にも食べてないから腹ももう限界だ。
「では、いただこう。」
「いただきます。」
うまっっっ!!!
ただの家庭料理かと思って食ってみたが、何を食べても美味い!
え?コレ、オバさんが作ったのか!?
チラリとオバさんを見てみたが、ニコニコ笑ったままで次々に料理を運んでくる。テーブルいっぱいに並んだ料理を無言で貪り食う俺とセイヴァル。
「美味しいでしょ?」
ピッテロ様の言葉に頷くだけの俺達。
「無性に食べたくなるんだよね。ここのご飯♪」
俺は手を止めてピッテロ様を見た。
まさかとは思うが、メシ食う為だけに遥々この宿屋に来たんじゃねーよな?
「ねぇ、知ってるかな?
このコモンドール山脈の1番高い山に、とある神と通じる場所があるんだ。ラグドール皇国のどの神殿にもいない神様だから、その神様と会えるのはその山だけってことだね。」
ラグドール皇国には9柱の神を祀っている神殿が9つある。神様なんて9人もいりゃ充分だと思うけどな。
「ピッテロ様はその神様に会ったことがあるのですか?」
ナプキンで口許を拭きながらセイヴァルが尋ねた。その間にもどんどん料理を運んでくるオバさん。更には主も加わったりしている。
そんな食えねーよ。
「残念ながら。
彼は気難しい方だから、ラグドールの神官の前には現れないんだ。」
「そうなんですね・・・。」
セイヴァルが大きな欠伸をした。
食事中に失礼なヤツだな。
ん?なんか俺も目が霞んできたぞ?
ピッテロ様の顔がぼやけて良く見えない。
「君達は彼に会うことができるかなぁ?」
何処か遠くにいるかの様にピッテロ様の声が小さくなっていく。
完全にやられた。Zzz・・・。
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