第22話 洞窟の住人

 さむっ!!?


 耳をつんざく轟音と余りの寒さに目を開けた。飛んでる!?

 闇夜をカルラの足に両腕を掴まれながら飛んでいることに漸く気が付く。前の方を飛ぶカルラにセイヴァルがぶら下がっているのがうっすら見えた。俺だけじゃないことに少し安心する。

 暗闇に目が慣れてきた頃にゴツゴツした岩肌の上にカルラが着地した。


「もしかして、ここがピッテロ様の言っていた山かな?」


 セイヴァルが肩の辺りを摩りながら俺の許に近付いてきた。案の定というべきか、ピッテロ様の姿はない。

 標高が高い山に樹木がないせいで、吹き付ける強い風が直接肌に当たる。どっかに風を遮るとこはないのか?

 ここに居ても仕方がない。

 カルラの手綱を持って俺達は歩き出した。


「洞穴がある。」


 セイヴァルが呟いた。

 視線の先の岩肌にぽっかり空いた洞窟が見えたのだが、入るのに躊躇してしまう程不気味過ぎる。熊が出てくる位だったら可愛いモンだけどな。

 ここが神と通じる場所だとしたらどんな神なんだ?


「行こう。」


 セイヴァルの言葉に頷いて洞窟内に足を踏み入れた。洞窟内にぼんやりと弱い光を放つ苔が生えていて、足許さえ気を付ければ奥に行けそうだ。カルラは入り口に待機させて、俺達は中へと進んだ。蟻の巣の様に入り組んだ洞窟を勘だけを頼りに進むしかない。


 俺達は神官じゃないから神について詳しい知識はない。ラグドール皇国で信仰している9つの神の名前を言えと言われても、全部正しく言えるかも怪しい位だし。それ以外の神とは何なのか、見当もつかないのだ。そして、ピッテロ様はその神と俺達を引き合わせようとしている?


 どれくらい歩いたのか。

 セイヴァルが懐中時計を取り出して時間を確認した。どうでもいいが腹減った。

 曲がりくねった洞窟の道の先に明かりが見え、何やら香ばしい美味そうな匂いまでしてきた。

 俺達はなるべく足音を立てない様に明かりに近付く。まさか、神?


 開けた空間に火が焚かれてあり、その上に寸胴ずんどう鍋がべてある。鍋の向こうに長い白髪と長い白髭、紫の衣を着たジイさんが座っていて、こちらを見ている。

 いかにも神様っぽいぞ?


「あの、もしかして神様ですか?」


 セイヴァルが単刀直入にジイさんに尋ねた。

 ジイさんは白髪の間から覗かせた水色の瞳でこちらを見たまま杓子で鍋をかき混ぜている。


「は?違うが。」


 答えるジイさん。

 ん?

 なんか声が若い気がする。


「ネェちゃん達も食うか?」


「いや、俺達は男ですけど。」


「嘘だろ?」


 セイヴァルの言葉に目を丸くするジイさん。取り敢えず腹が減っていた俺とセイヴァルは焚き火の側に近付き、そのまま座った。対面にいる俺達をジイさんがまじまじと観察している。

 じゃない。


「若い!?」


 セイヴァルが叫んだ口を両手で塞いだ。俺もまぁ、同じ感想だったのだが。白髪白髭からてっきりジイさんだとばかり思っていたら、ツルリとした白い顔のハリツヤからすると20代位なのかもしれない。


「すみません。

 あ、俺はセイヴァルといいます。

 こっちは双子のキャルロットです。」


「我はシャスラー。」


 シャスラーが深い皿に鍋の中身をよそい、隣にいるセイヴァルに手渡した。俺はセイヴァルから受け取った皿を覗き込んだ。肉だけが入っている煮込み料理の様だ。


「シャスラーさんは、お一人でこちらに住んでいるのですか?」


「住んではないが、ここに来てから3年はなるか?」


 住んでると言っていいだろ、それは。


「俺達、この山のどこかに神様がいると聞いて来たんですけど・・・。」


 無理矢理連れて来られたんだけどな。

 シャスラーが食べ始めたのを見て、俺達も料理に手をつけた。何の肉かわからないが、じっくり煮込まれたせいか口の中でホロホロに蕩ける。


「神なら神殿にいるだろう?」


「そうなんですけどね・・・?」


 シャスラーの問い掛けに曖昧に答えるセイヴァル。俺達にもなんでその神を捜してるのかわかってねーんだから。


「シャスラーさんはこの山で神様にお会いになったことはありますか?」


「ない。」


 被せ気味に即答するシャスラー。


「そもそも我は神を信じておらぬからな。

 会っても気付かぬかもしれん。」


 確かに、神に出会ったとしても俺も気付かないだろう。大体、神といえば神殿にある像を真っ先に思い浮かべるが、ヴィシュヌ神が彫像通りの姿をしていたらわかる。果たしてそうでない場合は?

 シャスラーは神を信じてないからこんなとこに住んでるのだろうか。信仰心の強いラグドールではさぞかし住みづらいだろうからな。世捨人ってヤツか。


「ネェちゃん達が天の遣いなのか、悪魔なのか我には関係のないこと。

 我に害をなさねばの話だがな。」


 だから、ネェちゃんじゃねーって。

 それもどうでもいいってか?


「なぁ、もう帰ろうぜ。」


 俺はセイヴァルに言った。

 最後まで何の肉かわかんなかったけど、腹もいっぱいになったし。

 神様は居なかった、でいいんじゃね?

 それか、シャスラーを神に仕立て挙げて、神様に会いました、とか。


 俺はセイヴァルの目がキラキラしていることに、やっと気がついた。好奇心の塊であるセイヴァルにとって、シャスラーという未知の人物は格好の研究対象なんだ。

 セイヴァルの更なる質問責めに遭うとも知らずに鍋のお代わりをよそっているシャスラー。


「この洞窟に獣がいるんですか?」


「ああ、そこの魔法陣から出てくるぞ?」


 魔法陣?

 暗がりに青白くぼんやり光る場所がある。

 その中から鉤爪の生えた黒い腕が這い出てきた。


 これって・・・。


「「結界?」」


 俺とセイヴァルが同時に呟いた。

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