第60話 別れ

 メイド達が一斉に杖を構えた。

 至近距離。

 逃げ場はない。


「さぁ、シュナンちゃんをこちらへ。」


 ニコリともせずにアイラがゆっくりと言った。脅しとも取れる行動に返す言葉が見つからない。


「!」


 躊躇する俺を他所に、気付いたときにはもうシナノがメイド達目掛けて突っ込んでいた。その手に握られた『魔斬信濃丸』の刀身が光る。

 まさか、それでメイド達を斬るつもりか?

 やべぇ。止めないと!!


 シナノが立っていた筈の場所。

 つまり俺がいる足元でメイド達が放った第一段の魔法が炸裂した。慌ててマントに包まり後方に飛び退いた。

 その威力は絨毯を燃やし、大理石の床を抉る。土埃と煙の充満するエントランス。

 いや、こんなとこで一斉に撃つか?


「・・・痛っ!」


「アイツはどこ!?」


「ロザリオ様は!?」


 漸く目が慣れ、互いの姿を確認できるようになった。対峙する俺と腹を押さえて踞る5人のメイド達。どうやら斬られている様子はないから、柄か片刃の剣の刀背みねで打たれたのか?

 ロザリオとシナノの姿がない。


「うわっ!?

 ナニこれ!!この煙!?カジ!?

 火事じゃないのぉ!?」


 この声は。

 オウムにされたガルダだ。確かビション何とかって呼ばれてたな。

 上階から降りてきたのだろう。俺達の頭上をバッサバッサと飛び回っている。


「アンタ達!座ってないで早く消火するのよ!!使えないコ達ねっ!!

 今時の若いコってば言われないと何にもできないんだからっ!少しは頭、使いなさいよ!」


 ・・・相当イヤミなお局だ。

 メイド達の白い目がオウムに向けられている。

 火は完全に消えているが、煙と粉塵がヤバい。俺は正面出入口の重い鉄製の扉を抉じ開けた。眩しい太陽の光が目に刺さる。


「突入ー!!!」


「え!?わわっ!」


 野太いおっさんの声が聞こえたと同時に、ドカドカと神官達が一気に雪崩れ込んできた。

 危うく巻き込まれそうになるのをすんでのところで抜け出すことができた。


 神官達はメイド達を取り囲み、魔力を封じる術をかけている。神官そのものが結界の役目を担っている様だ。


「バーゲストは何処だ?」


 おっさんの神官がメイド達に向かって言った。何か見たことある偉そうなおっさんだ。


「此方に。」


 シナノが再びエントランスに現れた。

 左手はロザリオの手と繋がれている。

 てか、ロザリオの様子が何かおかしいけど???

 おっさんがシナノに歩み寄ると、シナノは懐からまだ眠っているバーゲストを取り出した。ロザリオに反応はない。

 深々と頭を下げるおっさん。


「檻を。」


 開かれた扉からガラガラと荷台に積まれた鉄製の檻が覗く。バーゲストのサイズからすると、多少の張りきり過ぎ感が否めない。

 神官の一人がシナノからバーゲストを受け取り檻に入れ、鍵を掛けた。

 目を覚ましたバーゲストは何が起きたかわからない様子で檻の中の匂いを嗅いでいる。


「キャルロット殿。任務完了です。」


 シナノが俺の許にやって来た。

 手を引かれているロザリオ。

 ビン底眼鏡のせいで何の感情も見えない。

 顔はただ一点の方向だけを向いている。


「お前、ロザリオに何かした?」


「大変利発なお子様ですので、某の説得に物解って頂けました。」


 嘘つけ!と、言いたいところだが、本当のことは教えてくれなそうなので口をつぐんだ。


「ご苦労だったな。下僕と家来。

 これから先、油断できないぞ。」


 ジンさんが抑えたような声で言った。


「?」


「ジン殿。所用あり主達と共に某の師匠の許に暫く身を寄せます。」


「コモンドールか?」


 ジンさんの言葉にシナノが頷く。

 数秒間見つめ合う両者。


「まぁ、大神官サマには今度こそ逃げないように釘刺しとくよ。

 アイツ、マジで説教部屋行きだ。」


 ジンさんはそう言い残して他の神官達と屋敷を後にした。頑丈な鉄製の扉が音をたてて閉められた。

 ジンさんの言い方から考察すると、どうやらピッテロ様はロザリオに嫌われたくないが為にこの件から逃げたようだ。


 ふと気がつくとロザリオがシナノの手を離れ、俺の手を握っている。


 いや、マジで何この嬉しい展開。


「!」


 小さな手が震えている。

 俺はロザリオの顔を覗き込んだ。


「ロザ・・・・」


「「「ロザリオ様ーーーーっっ!!!」」」


 本日2度目の人間雪崩。

 漸く解放されたメイド達がロザリオの周りをゴチャゴチャと取り囲む。

 てか、何気に今まで拘束されてたのか。


「ご無事ですか!?ロザリオ様!」


「ああ、何だかお疲れのようね。お可哀相に。」


「あっ!ヤダ!私の手首に縄の跡付いてる!」


「結構きつく縛られてたからね。

 あの神官ってば絶対Sだわ。」


 ん?

 ロザリオの心配を他所に何やら雲行きが怪しくなってきたぞ?


「2、3発ぶっ放さないと気が済まないわね!」


「まだその辺にいる筈よ!」


 こうなることを神官達は予想していたんだろう。あの状況でメイド達を縛ることまでする必要はなかったんだから。

 メイド達が混乱している最中さなか、ロザリオが涙を拭いたのを俺は見逃さなかった。


「甘かったか。」と、呟いたシナノのこともな。俺と目が合っても涼しい顔のシナノ。

 それよりもメイド達の怒りが自分に来るとかは思ってもいないらしい。


「チョットチョットー!

 お喋りはおしまいよーっ!」


 何処かに隠れてたのか、オウムがバサバサ飛びながら現れた。


「さっさと片付けてご飯にしましょうよー!

 ロザリオは部屋に戻るわよ。」


「うん。ビションフリーゼ。」


 ビションフリーゼがロザリオの頭に止まる。

 あー、もうお別れか。


「シュナンも行こう。」


 ロザリオに手を強く引かれた。

 ん?

 んん?

 俺を含め、その場にいた全員がロザリオを見つめる。


「効きすぎたか。」


 ビションフリーゼがロザリオの頭から俺の肩に飛び移り、シナノがまたもや呟く。

 おまえ、本当に何したんだよ!??

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