第59話 赤いワンピース


 咄嗟にアイラがシナノに向かって木できた細長い杖を翳した。魔法使いがよく使うヤツだ。子供ガキの頃、魔法に憧れていた俺とセイヴァルも似た様な棒っ切れを持っていたのを思い出す。


「貴方どうやって・・・!?」


「どうやって?」


 アイラが叫ぶが、応えたシナノの瞳は相変わらずブレない。

 仔犬の尻尾がブラブラ揺れている。

 苦しくは無いようだな。


「その入り口から入りこの通路を通って彼方あちらの階段を。3階の部屋に目標物が居りましたので、捕獲致しました。」


 シナノが淡々と答えた。


「ロザリオ様は無事なんでしょうね!??」


「無論。」


 シナノがこちらに歩みながら答えた。


「大人しく御休みに。」


 ・・・ホントに無事なんだろうな?

 主であるはずの俺が心配になるくらいだぞ。


「シュナンちゃんを返して!」


 悲鳴に似た声でアイラが叫ぶ。

 シュナンちゃん。あの犬の名前か。


「それはできません。この犬は魔物です。」


「何もしないわ!そのコがいないとダメなのよ!連れていかないで!!」


 感情のない瞳でシナノがアイラを見つめ、やがて俺に視線を移した。


「某は主の命に従うまで。」


 嫌な予感しかしない。

 当の仔犬はシナノの左手にぶら下がってウトウトしている。


「主とはセラフィエル様のことですか!?」


「う・・・あ・・・うん。」


 瞳をうるうるさせてアイラが俺の方を向いた。身長が同じ位だから凄く顔が近くにある。更にジリジリとにじり寄るアイラ。

 3秒以上見つめちゃダメとか言ってなかったか?


「愛するセラフィエル様に2度と会えなくなったロザリオ様にとって、シュナンちゃんは唯一の心の支えなのです!心の拠り所なのです!!シュナンちゃんがいなくなったら号泣どころじゃないです!!生きる術を無くし廃人のようになるかもしれないのですよ!!?セラフィエル様は平気なのですか!?いいのですか!??」


「・・・いや、・・・あの・・・。」


 圧が凄い。

 あっという間に壁際まで追い詰められた俺。

 脂汗が止まらない。

 しかし、低級魔物であれ何であれバーゲストを捕獲しなければいけないんだ。

 頭を張り巡らせる。


「ガルダ!!

 しゃなくて。あーと、オウムがいるじゃねーか!」


「ビションフリーゼですか?

 アレはダメです。」


「なんでだ?」


「オウムだし。触らせてくれないし。煩いし。」


 哀れ。ガルダ。

 せめて元の姿だったら移動手段にもなるし、料理もできるし重宝されたかもしれないのに。ペットというよりお目付け役って感じだったかもな。


「新しい普通の犬とか。」


「それができれば苦労しませんよ!

 ロザリオ様は執着心のない方だから、どんな物や生き物、人にも必要以上の関心を持つことはないのです。シュナンちゃんと遊ぶロザリオ様の笑顔・・・ロザリオ様にお仕えして初めて見たのです!!」


 そういや、ピッテロ様がロザリオの笑顔を見たことないとか言っていた。とはいえ、仲良しだと自負するこのメイドがそれを見られることは難しくはなさそうだけど。

 ロザリオが仔犬と戯れる姿を思い出す。満面の笑みで夢中で遊ぶ姿・・・。


「セラフィエル様。どうなさいました?」


 アイラが俺の顔を怪訝な目で見ている。

 ヤバい。ヨダレが。


 ニヤニヤしてる場合じゃねぇぞ。

 どうする?

 どう説得する?


「『愛するセラフィエル様』・・・。」


「!!!!」


 ボソリと呟いたシナノの言葉に思わず飛び上がった。

 確かにアイラが言ってた!

 危ねっ!スルーしてしまうとこだった!

 アイラは口を両手で覆っている。


「・・・禁句だったのでした。口が滑りました・・・。」


 ドンっ!!!


 爆発音。

 3階辺りからか。


「今度は何だよ。」


 ドォン!!!


 シナノが立っている場所の天井が爆破され、ガラガラと音をたて瓦礫が頭に降ってきた。思わずマントで顔を覆い身を伏せる。

 煙幕のように粉塵が舞い、一切の視界が奪われた。


「ロザリオ様。」


 アイラが小さく呟く。


「え?」


 視界が徐々に開け、天井に目をやるとキラリと光る目が二つある。

 いや、目じゃない。

 てか、ロザリオなのか?

 小さな顔の半分を占めるビン底眼鏡。

 口許はキュッと結ばれ、こちらをじっと見ている。


「キャルロット殿。」


「うおっ!」


 背後からシナノの声。

 いつからいたのか、心臓に悪いぞ。


「どちらに味方なさいますか、御決断を。」


「捕獲するに決まってるだろ。」


 女子供に泣きつかれようが任務は絶対だ。

 そう、どんなにロザリオから泣いて頼まれても・・・。


 ロザリオが天井に空いた穴から俺達のいる階下に音もなく着地した。

 白いリボンのツインテールに膝丈の赤いワンピース。首もとに白いリボン、襟と袖に白いレースがあしらわれている。

 問答無用に可愛い。

 変わった眼鏡をしてるが、可愛さが駄々漏れしている。


「お顔が緩んでおりますぞ。」


 見惚れてる場合じゃない。

 シナノの耳打ちにハッとして顔を引き締めた。


「シュナンちゃんっ!!」


 シナノを警戒してか、間合いを取りながらロザリオが叫ぶ。

 確かに感情表現の薄いロザリオが取り乱したこんな声を出すとは想像できなかった。


 その声に呼応するかの様に何処からともなく屋敷内に控えていただろうメイドが集結する。

 アイラも合わせてメイドは5人。


「キャルロット殿。申し訳ありません。」


 シナノが眠るバーゲストを懐に押し込んだ。

 一斉にメイド達が俺達に向かって両手や杖を翳している。


「少々手荒になります。」

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