第68話 魔界の入り口
俺の顔の前を光の玉が通り過ぎた。
「これを食べたいとは思わないのか?」
「思わないよ。ヘルの大事なモノだからね。」
儚げな光を放つ魂。
これが人間の魂なのか、魔物の物か、はたまた神の魂か。
「全ての魂はヘルの前では平等に裁きを受ける。
魂の行き先はヘルが定める。
それがヘルの仕事。」
フェンリルはそう言うと再び走り出した。
そういやフェンリルとヘルは兄妹だったな。
そして、父は・・・
「ルゥ・・・いや、お前の『お父様』は本当に魔王なのか?」
「そうだよ。魔界と冥界を創ったのはお父様なんだって。」
「やっぱり魔王ルシファーなのか。」
「・・・まぁ、名前はいっぱいあるけどね。」
「名前がいっぱある?」
まあ、ルゥはルシファーから取った安易なもんだとして・・・。
「ここが魔界の入り口だよ。」
フェンリルが立ち止まった。
目の前の大地に大きな亀裂が入っている。
フェンリルの背中から降りて亀裂を覗き込んだ。
が、亀裂から吹き上げる突風に目が開けられない。
やっと見ることができたが、どこまでも続く底の見えない断崖絶壁。落ちたら一巻の終わり的な。
本当にここが魔界の入り口???
ヘルが言っていた世界樹の根っこらしき物も黒い裂け目の中には見当たらない。
「キャルロットはお父様の大切なお友達なんだよね?」
フェンリルの声に振り返った。
赤い瞳が俺をじっと見つめている。
何だよ、こんな時に。
ハッとして息を飲み込んだ。
まさかコイツ、ここまで来て俺を食う気じゃねぇだろうな。
少し離れた場所で座るフェンリルと背後に断崖。
背中に冷たい汗が流れる。
「・・・あんまり付き合いは長くないけどな。」
嘘は言っていない。
フェンリルの様子を伺う。
出方によっては闘うか、断崖に飛び込むか。
「人間は寿命が短いからね!」
フェンリルの赤い瞳がキラキラになり、フサフサした尻尾がブンブン揺れる。
セーフ?
「僕の役目はここまでだったけど、一緒に魔界まで連れて行ってあげるよ!」
「そうか?」
それは助かるが魔界に着いたらガブッとかねーだろうな。
と、いう心配が残るもののフェンリルの背中に乗る。
「じゃ、しっかり掴まっててね。
魔界に着いたら僕んちでゴハンにしよう。」
躊躇することなくフェンリルが崖に飛び込んだ。
幸か不幸か、真っ暗な闇に視界は何も映さない。
落下する風圧しか感じないが、フェンリルは狼だから見えてるんだろうな。
やがてフェンリルが何かに着地した。
「世界樹の根っこだよ。」
「この先に魔界があるんだな?」
そして、魔界にはセイヴァルがいる筈だ。
ボゥっと仄かな光を放つ世界樹の根。
真っ直ぐ一直線に伸びるその道をフェンリルが軽快に走る。
多分俺が走ったら1日はかかるだろう距離を数時間で魔界に辿り着いた。
不気味な暗い森。
鳥か獣か判らない奇妙な声が聞こえる。
流石に疲れたのか、フェンリルが走るのを止めた。
すぐ傍の茂みからガサガサと音がして、黒い頭が現れた。
「よぉ。フェンリルじゃねーか。」
「人間臭ぇな。」
「俺達への貢ぎ物か?」
また犬か。フェンリルよりは一回り小さいが、頭が3つある黒い犬。3つの頭が各々に意志があるのだろう、各々に喋っている。
「ご苦労様。ケルベロス。
僕、急いでるから。じゃあね!」
ケルベロスに軽く挨拶しただけで、フェンリルが物凄い速度で走り出した。
「待て待て待てーい!!」
「その人間置いてけ!!」
ケルベロスが叫びながら追いかけてくる。
「は!?やだよ!!」
フェンリルがケルベロスに向かって炎を吐いた。
燃え上がる炎の中を雑作もなくケルベロスが抜け出してきた。
「「「相変わらず生意気な奴だな!」」」
森の鬱蒼と茂る草木の間を縫う様に走るフェンリルをケルベロスは執拗に追いかけ続けた。
「はーしつこい。殺しちゃおうかな。」
ポツリとフェンリルが愚痴る。
「お前の仲間なんだろ?」
「仲間じゃない。ただ殺しちゃうと色々面倒なことにはなるんだよね。
一応アイツも上級の魔物なんだけど、同族同士で殺しちゃいけない決まりがあってさ。」
「ふーん。」
魔族にも
ケルベロスは間合いを詰める訳でもなく、涎を盛大に垂らしながら血眼でまだ追ってくる。
「その人間喰わせろ!!」
幾分か息を切らせてフェンリルが後ろを振り返った。
「どこまで付いてくる気なんだか。」
「アイツの狙いは俺だろ。」
「キャルロット?」
ケルベロスが飛び掛かってくるのは何となく察知
していた。同族のフェンリルではなく俺に。
「ぎゃんっ!!?」
ギリギリのタイミングに合わせて抜刀した俺の剣が右のケルベロスの顎先に命中した。
ケルベロスの攻撃を避けようと方向を変えたフェンリルから飛び降りたのも功を奏した。
「俺が倒すのは問題ないってことだよな。」
ケルベロスがフェンリルに匹敵するくらい速いのはわかった。攻撃や防御についてはまだ未知だ。
「ちゃんと避けろよ。馬鹿。」
真ん中の頭が言った。
「お前の頭が死角になったんだよ。」
右の頭がそれに応えた。
傷が塞がっている。
他の頭がいつの間に回復魔法をかけたのか。
それとも元々備わっている能力か。
意外に厄介な相手かも。
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