第69話 兄弟

 例えば、3つの頭の内ひとつが回復魔法が使える場合。先にそいつを斬る。

 又は3つの頭が同等の能力があって各々に回復魔法が使える場合。ひとつ斬ってから回復するまでの時間内に他の二つも斬ることが出来れば問題ない。


「人間如きが生意気だ。」


「右腕から食いちぎってやる。」


「俺は頭だ。」


 ケルベロスが低く唸り、地面を蹴った。

 3つの頭でよくバランスが取れるもんだ。

 俺の目の前で跳躍して飛び掛かってきた。

 体勢を低くしてケルベロスの身体の下に潜り込み、その腹に剣を突き立てる。が、素早く方向転換したケルベロスの左脚を傷付けるだけとなった。

 ケルベロスの赤い体液が右腕にかかる。


 予想外にばっくり割れた傷口からボタボタと体液が流れている。

 大きい傷は治癒に時間がかかるようだ。

 振り上げた剣は空を切るが、間髪入れず左の頭を目掛けて降り下ろした。頭蓋骨が砕かれる感触。


「ぎゃん!」


 怯むケルベロスの真ん中のやつの頸動脈を斬り、右のやつの眉間に剣を突き立てた。

 大量の体液が流れ血溜まりを作る。


「わー!キャルロット強いんだねー。」


「コイツまた回復しねぇだろうな?」


「死んだから大丈夫だよ。」


 フェンリルが横たわるケルベロスに向かって炎を吐いた。あっという間にケルベロスが炎に包まれ、魔物を燃やした時に出る特有の臭いが鼻につく。

 何で燃やす必要があったんだ?

 ラグドール神官がする様な浄化?

 いや、何で魔界で浄化する必要があんだよ。


 そもそも本当に死んでたのか?


 炎を見つめるフェンリルが俺の視線に気が付いて笑う様にハッハッと息を吐いた。


「さ、早く帰ろう。

 キミの友達も捜さなきゃね。」


「友達っつーか、弟だけど。」


 フェンリルの背中に乗る。


「お、弟!?」


 フェンリルがブルブルっと身震いした。


「何だ?その反応は。」


「弟って恐いよね。」


 ウチの弟は口煩くはあるが、全然恐くねーぞ。


「お前には妹と弟がいるんだな。」


「そうだよ?僕が一番お兄ちゃんなんだ!」


 何故威張る。


「弟は魔界にいんのか?

 それとも冥界?」


「魔界にいるけど、まだ寝てるかな。」


「ふーん。」


「あっ!でもお父様が起きたからヨルも起きちゃったかも!!

 急ごう!」


「!?」


 フェンリルが慌てた様に叫び、走り出した。

 速い。

 ケルベロスに追われている時より格段に速い。


 あっという間にフェンリルの家と思われる巨大な城に辿り着いた。

 フェンリルの身体のサイズが俺の3倍なのだから当然だが、ラグドール城より遥かに大きい。

 ヘルの住むエーリューズニル城をそのまま大きくした感じなのは設計士が一緒なのか。

 いや、そんなことより


「お前な・・・」


「どーしたの?疲れた?」


「いや。」


 言いかけてやめた。

 多分にしてケルベロスを殺す必要はなかった。

 フェンリルが本気で走ればヤツを撒くことだってできた。完全にからかって遊んでただけだ。

 フェンリルはルゥと似ている。

 その無邪気さに隠しもしない残酷さ。

『決まり』がなかったらフェンリルはケルベロスを躊躇なく殺すだろう。


 突然、ぐらりと大地が揺れた。


「なんだ!?」


「ヨルだ。やっぱり起きたんだ。

 アイツ、寝起き悪いんだよ。」


「!!?」


 寝起き悪いって・・・・。

 地震と何の関係があるんだよ。 


「キャルロット。一緒に行ってくれる?」


「別に構わねぇけど。」


 ここまで連れてきてくれたし、そんなに恐いんなら仕方ない。俺が行って役に立つのか?


 ギギギギギーーーッ


 フェンリルが馬鹿デカい門の前に立つと音を立てて開放された。

 フェンリルのゴクリと唾を飲む音が聞こえる。

 伽藍とした城の内部に石の床をヒタヒタと歩く音が響く。

 巨大な観音開きの扉の前でフェンリルが止まった。


「ヨルは地下にいるんだ。」


 ゴゴゴゴゴゴ・・・・


 また地面が揺れた。

 フェンリルの耳がビクビクッと震える。

 扉が開いて地下へと続く階段が現れた。

 塔の様に円柱形に広がっていると見られる地下室。

 壁伝いに螺旋状の階段があり、その底は暗くて全く見えない。


「ヨルも狼なのか?」


 足取りの重そうなフェンリルに尋ねる。


「ヨルはね・・・」


「ッわあぁぁぁぁあああーーーーーッん」


「「!!」」


 暗闇に響き渡る物凄い叫び声に耳を塞いだ。同時にドシンドシンッと硬いものに何かがぶつかる音と揺れる地面。


「怒ってるや・・・。」


「今のがヨルの声??

 何も見えねえ。」


「人間って不便だよね。」


「魔法が使えれば良かったんだけど、生憎その素質が俺には全くないからな。」


「キャルロット。

 そこに明かりがあった筈だよ?」


 扉のすぐ近くに誰が使うのか、人間サイズの文机と椅子がある。文机の上にランタンがある。俺はランタンを手に取り、火種を探した。


「あ!」


 何かを見つけて叫んだフェンリルの動きが止まった。

 俺の視界は何も捉えない。


「わぁっっっ!」


「フェンリル!!!」


 俺がこのデカい狼の体重を支えられる筈もないのは判っているが、咄嗟にフェンリルの尻尾にしがみついた。

 フェンリルを何者かが引き込んだのか、そのデカイ図体が階段の下に引きずり込まれていく。

 俺は振り落とされまいと必死だった。


「おそい、よ。」


 暗闇に光る赤い双眸。


「・・・うん。遅くなってごめんね。ヨル。」


 俺が辛うじて手にしていたランタン。それに気がついてフェンリルが火を付けた。

 ヨルの姿が浮かび上がった。

 赤い瞳に爬虫類特有の縦の筋が入っている。

 

 銀色の大蛇がそこにいた。

 頭だけでもフェンリルの倍はあるだろうか。その体の全長は計り知れない。

 フェンリルの前足に巻き付いている赤く長い舌。

 これが階段下の広い空間まで引き摺り下ろしたのか。


 眼前で先の割れた舌が小刻みに揺れている。

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