第67話 寄り道

 フェンリルの背中に乗り(しがみついて)、冥界の荒野を走る。魔界へと続く世界樹の根がある場所へはこの道をひたすら真っ直ぐ進めばいいらしい。

 俺達の横を通り過ぎていく光の玉が、日の射さない冥界の灯り代わりになっている。

 この光の玉は冥界の女王であるヘルの許へと向かう魂だとフェンリルが教えてくれた。


「魂になれば、神も魔物も人間も一緒だってお父様が言ってたよ。」


「ふーん。」


 不思議に光る玉を眺める。

 色とりどりで大きさもバラバラだ。

 この中に人間や魔物、神の魂もある。


 神の魂?


「神サマって死ぬの?」


 フェンリルの大きな耳に語りかける。

 俺の顔程あるふさふさの耳がピンとなった。


「死ぬらしいけど、神を殺せるのは神だけなんだって。」


 人間と魔物には神サマを殺すことができないってことか。

 神界アスガルダを思い浮かべる。

 神界に『死』はない筈だ。

 そもそも優雅に遊び暮らす神達が殺し合うなんてことあんのか?

 俺は半人半獣神ナラシンハには何度も殺されたっけ。あの時の痛みを思い出して、フェンリルにしがみつく腕の力が強くなってしまう。


「あ!」


 急にフェンリルが叫んだ。

 痛かったのか?


「ねえねえ、僕、行きたいとこあるんだ!」


「寄り道すんなよ。」


「いいからいいから。少しだけ!!」


 やれやれ。

 急いでるんだぞ、こっちは。

 と、言いたいところだが乗せて貰っている身分の俺に選択権はない。

 騎士たるもの犬位操れる様にならねえとな・・・。


 速度を上げて走るフェンリル。


「すぐそこだよ!」


 道から反れて結構走ったぞ。

 その場所に近づくにつれ光の玉の数が増えてきた。


「川?」


「ステュクス川だよ。冥界をぐるっと囲んでいるんだ。

 この川を渡らないと冥界へは入れないんだ。」


 滔々と流れる黄金色の大河。

 無数の光の玉が川の対岸に見える。

 夜空に輝く星にも見える光景はとても幻想的だ。


「キレイでしょ?君にも見せたかったんだ!」


 まあ、あれを死者の魂ってことを考えなきゃな。

 フェンリルが更に川に近付いた。

 泳ぐつもりじゃないだろうな?

 と、フェンリルが川の水を豪快にガボガボ飲み出した。


「おいっ、飲めんのか!?」


 色的に怪しいけど!?


「ぷはーっ。美味しいよ?

 キャルロットも飲んでみなよ。」


 俺はフェンリルの背中から降りて、半信半疑な眼差しをフェンリルに向ける。

 俺を無視してフェンリルはまた川に顔を突っ込んだ。

 まあ、喉も渇いたしな。

 幻想的に輝く川面に右手を差し入れて水を掬う。

 冥界の気温より水温の方が高い。

 恐る恐る掬った水を舐めてみた。

 飲めなくはなさそうだ。寧ろ美味い。

 フェンリルの真似をして顔を突っ込んで川の水を飲んだ。


 美味い!

 飲めば飲むほど止まらない!

 溺れ死ぬんじゃないかというくらい夢中で飲んだ。

 俺とフェンリルでこの川の水全部飲み干すかもしれない。


「こりゃー!!!何しとんじゃ糞ガキどもーーーっっ!!!」


 しわがれたジイさんの怒声に俺は顔を上げた。

 木の小舟に乗った、きったない麦藁帽子を被りきったな最早もはや何色かわからないヨレヨレのローブを着たきったないジイさんだ。

 汚いジイさんが櫂を振り回していかっている。

 フェンリルが顔を上げて顔をブルブルした。

 その飛沫しぶきが俺には勿論、ジイさんにも豪快に掛かる。


「久しぶりだね。ジジイ!」


「またお前かっ!犬ッコロ!」


「犬ッコロじゃないよ、僕。狼だよー?」


 そうだったのか。

 犬にしても狼にしてもデカ過ぎる。


「どっちでもええ!!

 川の水飲むなって何回言わせんじゃいっ!」


「ケチっ!」


 フェンリルが「ガオッ」と、叫んで両前足を天高く掲げた。二本足で立ち上がると更にデカイ。


「なっ何じゃ!?馬鹿犬め!

 このステュクス川の渡し守カロン様とヤル気か??

 ワシに逆らうと大変な目に会うぞ!?」


「もう遅いよっ!」


 バッシャーーーッン!!!


 フェンリルの前足が川面を叩いた。地響きと共にザブザブと大きな波が立ち、カロンジイさんの乗る小舟が大きくゆらゆら揺れ、そのまま呆気なく転覆してしまった。


 盛大に川の水を浴び、完全にとばっちりを受けた俺。


「さっ・・・さぶーーっ!!」


 慌ててフェンリルの身体にぐいぐい潜り込んだ。

 しかし、フェンリルの身体もずぶ濡れだ。

 水分を含んだ獣毛はちっともあったかくない。


「乾かしてあげるから、一回出てきて。」


「は?どうやって?」


 フェンリルが俺から少し離れてから、身体をブルブルした。再び、飛沫が掛かる。

 わざとか?


「おい」


 抗議の声を挙げようとした瞬間。

 大きく開いたフェンリルの口の奥が光った。


「ヤベっ」


 逃げる間もなく、フェンリルの口から放たれた青白い炎が俺の全身を包んだ。

 と、思ったら程なく消える。

 目を開けて、身体の無事を確かめた。身体からはホカホカとまだ湯気が上がっている。


「じゃ、行こう。

 今度は咥えて運んであげようか?」


「遠慮するよ。」


 しつこい奴。そして、キレ易い奴だ。


 フェンリルの背中からステュクス川を眺めた。

 ジイさんの小舟は船底を見せたままで、ジイさんはまだ上がってこない。


「あー。お腹減ったなぁ。

 川の水じゃ全然お腹一杯になんないよ。」


 俺はフェンリルの言葉を取り敢えず無視した。

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