第66話 冥界の女王

「おい」


 ルゥの肩を揺するが反応がない。

 ガン無視かよ。

 ま、いっか。


「ここから魔界へはどうやって行くんだ?」


世界樹アクシャヤヴァタの根を頼りに行くことができるわ。

 最も、それができるのは選ばれし者だけ。」


 ヘルの視線が俺を見定めるように上下に動いた。


「選ばれし者・・・?」


「そう。世界樹に選ばれし者。言い換えれば、選ばれば誰でも通れるってことね。

 神でも悪魔でも人間でも天使でも。」


「ヘルは魔界に行ったことがあるのか?」


 俺が何の気なしに言った言葉にヘルの表情が曇る。


「キャルロット。見て。」


 彼女は引き摺る程の黒いドレスの裾を捲り上げた。

 白い足が露わになる。

 白いと言うより青い。

 青いと言うより


「ふふっ。」


 ヘルが乾いた声で笑った。


「私はこの城から出られないの。」


 彼女の白い両足はまるで腐っているかの如く、所々青から紫に変色していた。


「冥界はお父様が私の為に作ってくれた場所なの。

 体温が氷の様に低くてね、生まれ出た瞬間に半身が壊死してしまった。手袋が無ければ貴方に触れただけで火傷をしてしまうわ。」


 ドレスの裾を直さないまま、ヘルは俺の顔を見上げた。


「貴方は少しも驚かないのね。」


「そりゃあ・・・」


 驚くとこじゃないだろ。

 彼女のその姿を目を背けたい程に醜いとは思わないし。俺の目には普通に可愛らしい女性にしか見えない。

 ヘルの紅い瞳が俺を見つめている。


「私は他の国には行けないけど、通じる道へ案内することは出来る。」


 そっと俺の手を引いてヘルが言った。

 ヘルの身に付けている黒い手袋から俺の体温がどれだけ伝わるか判らないけど、なるべく体温が上がらない様にするには、と余計な心配をしてしまった。


 コイツはどうすんだ?

 まだ人形の様に固まったまま動かないルゥを見た。

 浅黒い肌に血の気がない。

 息してんのか?


「今まで封印されていたのに、急に動いたから身体が追い付いていないのよ。

 余程、貴方に会えたのが嬉しかったのかしら。」


 ヘルがクスクスと笑う。

 気色悪いこと言うなよ。

 鳥肌は寒いせいではない。

 と、言いたいところだが・・・。

 ヘルが俺を見て笑うのを止めた。


「ああ、キャルロット。

 貴方は此処に長く居過ぎたのかもしれない。」


 だろうな。俺もそう思う。

 喋ろうとするが、俺の意思とは無関係に上下の歯がガチガチと噛み合わさるだけで巧く喋れない。

 今までジンジンしていた手足の指先の感覚が無くなってきた。


「急がなければ・・・。」


 ヘルが呟いた。


「やっほー。」


 不意に身体の周りに春が来たかの様な温かさに包まれた。

 ヘルは杖を付きながらも足早に俺から離れる。


「フェンリル兄様。」


 更にジリジリと後退しながらヘル。

 フェンリル?

 俺の身体の3倍はありそうなデカイ犬だ。

 モフモフとした銀色の毛の塊が俺の身体をぐるりと包み込んでいて、その尻尾がパタパタと忙しく動く。

 爛々と光る赤い瞳が俺を捉えた。


「すっごく美味そうな人間だね!」


 ハッハッという熱い吐息が俺の顔にかかり物凄く不快だ。

 てか、美味そうって・・・。

 間髪入れずにフェンリルの生温かい舌がベロリと俺の頬を撫でる。気っ持ち悪ぃな。


「ねえねえ、ヘル!!」


「食べてはなりませんよ。

 お父様の大切なお友達ですから。」


 明白あからさまにがっかりしたのを誇張したのか、ヘルの言葉にフェンリルの尻尾がパタリと地面に転がる。


「あ!お父様だ!!」


 今度はルゥに気が付き、俺を置いてフェンリルが尻尾をフリフリ走り出した。

 寒っ!!

 慌てて俺もフェンリルを追い掛ける。


「まだ寝てるの~?」


 お座りの体勢でフェンリルがルゥの顔を覗き込んだ。

 俺はフェンリルの身体に無理矢理潜り込んで暖を取った。

 あったけー。


「フェンリル兄様。キャルロットを魔界ニヴルヘイムの入り口まで連れていって頂きたいのですが。」


「キャルロット?この人間のこと?

 じゃあさ、入り口まで連れていったら」


「食べてはいけません。」


 ヘルがバッサリ切り捨てた。

 フェンリルのこのウザさ。誰かに似ている。

 あ、ルゥか。


「お父様が目覚めてからじゃダメ?」


「一刻も早くです。

 そうして頂かないと、ここが兄様の体熱で溶けてしまいます。」


「え~?僕、お父様にいっぱい話したいことあるのに~?」


「お父様が目覚められたら、兄様の許へ行くように伝えますから。」


 ヘルが引き釣った笑顔で、しかも極力優しい声で話しているのがわかる。フェンリルもそれを察知したようだ。


「じゃ行こうか。キャルロット!

 僕の背中に乗る?それとも咥えて運んであげようか!??」


 ハッハッと息をするフェンリルの口からボタボタ涎が垂れた。


「背中に乗せて貰おうかな?」


 危ねぇヤツ。警戒してないといつ食われるかわかんないぞ。俺の身体なんか一口で丸呑みしてしまいそうな口を横目で見た。笑っている様に見える口の奥に鋭利な牙が光っている。 

 暖を取ったお陰で身体が軽くなったので、フェンリルの背中に飛び乗る。


「さようなら。キャルロット。」


「ヘル。またな。」


 死ねば確実に来る場所だろうが、また生きて来られるとも限らない。今度は完全重装備で来なきゃ凍死するぞ。

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