第62話 御馳走

 俺達は魔物を斬りまくった。

 もう何匹斬ったかわからない。時間的にも相当経っている。

 剣を握る手が魔物の体液で滑る。

 漸く結界のある少し空間の広い場所まで辿り着いた。途中、堪え難い生臭い匂いを誤魔化す為、顔に黒い布を巻いた。

 残り6匹。


「ところでさ、シナノは結界塞げるの?」


 肩で息をしながらセイヴァルが訊ねた。

 セイヴァルも黒い覆面をしている。


「いいえ?」


 シナノが答える。

 ・・・だよな。

 俺達も魔物が永遠に出入りする結界を塞ぐ術は知らない。シャスラーが戻ってくるまで耐えるしかないってことか。いつこの場を離れたのか、何処へ行ったのか、見当もつかない。

 俺達が倒した魔物を淡々と解体していくシナノ。それ全部食う気か?


「・・・いい加減疲れたな。」


 最後の1匹をセイヴァルと同時に仕留めた。

 セイヴァルが「ふっ」と、鼻で笑う。


「オレはまだまだイケるけど。」


 そうかよ。


「休憩にしましょう。某はここで食事を用意致しますので、お二人は泉に行ってはいかがですか?」


「そうするよ。」


 魔物の体液も流したいしな。

 結界から新たな魔物が姿を現す。

 牛の頭を持ち毛深い人身の魔物だ。目が血走り、鼻息が荒い。散々倒した魔物の中にはいなかったから初御目見得だ。


「あれは」


 シナノは言うや否や牛頭の魔物に向かって短剣を投げ付けた。魔物の眉間に見事命中する。


「ささ、身体を清めになられよ。

 これは馳走ですぞ。」


 セイヴァルでなくてもわかる。

 俺達を振り返ったシナノの目が明らかにキラキラしていた。神剣を奮うことなく魔物に留めを刺す。


「うん。楽しみにしてるよ。」


 セイヴァルが俺の袖を引っ張った。

 俺達は元来た道を辿り、世界樹のある泉へと向かう。

 外はすっかり暗くなっていた。

 三日月が浮かび、星が瞬いている。

 山の気温がぐっと低くなり、覆面から漏れる息が白い。


「シャスラーさん、何処行ったんだろうな。」


 セイヴァルが月を見上げる。


「異国かな。」


「さあ。」


 それとも神界か?

 泉の縁で魔物のドス黒い体液を洗い流した。

 流しても流してもヌルリと纏わり付く。


「何も考えなくていいのって楽だ。」


 隣で同じ様に体液を洗いながらセイヴァルが言った。

 まあ、確かに魔物を斬ってる間は無心だったかも。


 実の兄に明確な殺意を向けた俺とセイヴァル。

 今でもあの時シナノが止めた事が正しいのかわからない。間違いだからと言ってシナノを責める気もないが。


「殺すつもりだったか?」


「・・・・殺せなかったね・・・。」


 それは水音に消え入りそうな声だ。

 俺はただ、兄が嫌いだった。

 俺のとは違う決して表に出すことはなかった憎悪の隠った殺意。


 それ以上、何も聞かなかった。

 セイヴァルと兄の間に俺の知らない所で何があったのか、聞けなかった。


 俺はセイヴァルの腕を掴んで泉に飛び込んだ。セイヴァルとなら水に濡れようが嫌じゃない。思ったより深い泉を泳いで向こう岸に渡った。以前よりまた大きくなった世界樹の根元に腰を降ろした。

 世界樹が力をくれる。そして、全てを無にしてくれる気がした。

 深く息を吐いてゆっくり目を閉じる。


「シャスラーさん。」


 向こう岸にシャスラーがいるのに気付き、セイヴァルが立ち上がった。


「待たせたな。」


 待ってねーけど。

 いや、よく考えたら待ってたのか。

 月に照らされた白髪白髭が神秘的に映る。

 シャスラーの体がふわりと浮かびこちら側に着地した。神だからと言われれば疑問はない。


「シナノから伝令があってな、急いで戻ったのだが」


 シャスラーが俺達を交互に見た。


「強制的に鍛えるぞ。」


「は?」


「明日にも魔王軍が攻めてくる。」


「「ええ!??」」


 俺とセイヴァルの声が揃う。

 何でそんなことわかんだよ!?

 あ、神だからか。


 シャスラーがセイヴァルの額に手を翳した。

 やがてシャスラーの手が光を帯びる。

 いつかラクシュミーがパドマに力を与えた時と似ている。


「力を与えることは出来るが後は実戦で経験値を積むしかない。」


 まあ、最もな意見だ。

 攻めてきた魔王軍と片っ端から戦ってれば経験値も上がるだろ。

 シャスラーが俺の額にも手を翳す。


「ヴィシュヌとラクシュミー様の加護もある。

 贅沢者だな。」


 ヴィシュヌの加護はたぶんいつ出現するかわからない翼のことだと思うが、ラクシュミーの加護とやらは・・・憶えがない。


「腹が減った。」


 急にシャスラーが手を翳すのを止めた。

 セイヴァルの時より明らかに時間が短い。


「この匂いは牛頭ごずか。」


 犬か。お前は。

 掌を握った感触からは特に力が強くなったという自覚はない。セイヴァルの方も同じ事を思ったのか、軽くジャンプしたりしてる。

 再びシャスラーがふわりと泉を飛び越えて向こう岸まで渡った。


「あ、これか。」


 何かを悟ったセイヴァルが少し助走をつけて、泉の縁で跳躍した。

 軽く泉を飛び越え、シャスラーをも通りすぎる。


「「おおっ!」」


 すげぇ!

 目がキラキラになる俺とセイヴァル。

 よし。次は俺だな。

 セイヴァルと同じ位置から助走し、跳躍する。


 バササっ!!


 勢いよく俺の背中から白い翼が、待ってました!と、ばかりに広がった。

 このタイミングで出るか・・・?


「何ソレ!!?」


 地上でセイヴァルが叫んでいる。

 そういや、コレ見るの初めてか。

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