第15話 まだ無理

 ラグドール神殿。

 階段がまず地獄だ。馬で登ることもできるが何故か禁忌となっているらしい。ラグドール神殿なんかまだ良い方らしく、シンガプーラ神殿の階段となると上るだけで、半日たってしまうそうだ。

 こうなると、城からカルラで来た方が絶対楽なのだが、母曰く、楽をしない方が神様はお願いを聞いてくれるのだそう。


「キャル。競争する?」


 いつまでもお子ちゃまだな。セイヴァルは。

 競争って・・・。

 しねーよ。


「負けないわよ!」


 何故か張り合う母。

 久しぶりと言いつつ数ヵ月前までは毎日上っていた階段を軽快な足取りで上っていく。

 つーか、その動きづらそうな長いスカートで毎日上っていたのかと思うと脱帽だ。

 母とセイヴァルの後ろ姿を見送った。


 さっきまで眩しかった空が急に翳る。


「人間ってホントに不便だよね。」


 バサバサという羽音と共にアイツが現れた。

 ───ルゥ。


 もう、コイツには関わるのをやめよう。俺が中途半端に話しかけたりするから纏わりつくんじゃねーのか?

 俺はルゥを無視して階段を上り始めた。

 ルゥは何も言わずに俺の頭上をフワフワと低空で翔んでいる。

 うぜぇ。

 視界の隅にギリギリ入ってくんのがまずうぜぇ。


「この国はホントに平和だなぁ。ボク平和ボケした人間が大好き。

 楽しくなっちゃうよ。」


「・・・。」


 誰も聞いてないのに喋り倒すルゥ。

 独り言デケェぞ?


「うん。いいな。

 やっぱりラグドールに決めた。」


 コイツ俺以外の他の誰かと喋ってんのか?

 薄気味悪く思いルゥの周りを見渡してみたが、誰もいない。

 お前、絶対友達いないだろ。


 視線を階段に戻した俺の首にルゥの両腕が巻き付いてきた。


「早く強くなりなよ。キャルロット。」


 氷の様に冷たい腕。耳元で囁く低い声。

 ゾッとしてルゥから離れた。


「じゃなきゃつまんないよ。」


 冷淡な緑色の瞳が俺を見下ろす。

 いつも人の事を小馬鹿にしたような態度に誤魔化されてたけど、今ハッキリした。コイツはきっと悪魔なんだ。

 間合いを取ったまま腰の剣の柄を握り締める。


「まだ無理でしょ。」


 階段にゆっくり着地したルゥは余裕の笑みを浮かべている。

 無理なのは自分でも判っているが、これでも騎士のハシクレ。相手がどんなに頑張っても敵わない強敵でも逃げるわけにはいかない。


 鼓動が速くなり額の汗が流れる。

 ルゥの眉が僅かにピクリと動いた。


「キャルー?」


 神殿の方からセイヴァルの俺を呼ぶ声が聞こえる。

 ルゥが肩を竦めてから黒い翼を広げた。


「ボク、もう行くね。」


 は?


「あのコは苦手なんだよね。」


 あのコってセイヴァルのコトか?

 それを聞く間も無くルゥは飛び立ってしまった。ホントに何なんだアイツ。


 神殿の前で母とセイヴァルが待っていた。


「お疲れー。」


「さ、二人とも中に入りましょう。」


 母に背中を押されて神殿の中に入る。相変わらず伽藍としたエントランスには出迎える者もなく、人の気配すらもない。

 俺達はエントランスから右手にある礼拝堂に進んだ。


「今日はね、ヴィシュヌ様にシャインの婚約のご報告と、あなた達のことをお礼を言わないと。あとは新居の安全とこれからも変わらぬ御守護をお祈りして、それと、・・・。」


 礼拝堂の入り口で指折り数える母。

 今思ったんだけど、セイヴァルの性格は母譲りなんだな。


 セイヴァルが礼拝堂の重い扉を開けた。

 柔らかな光が射し込む礼拝堂の中、主神ヴィシュヌ像の足下の祭壇の前に背を向けた神官がいる。ジンさんだ。


 母は前から3列めの長椅子に腰かけたので、セイヴァルと俺もその隣に並んで座った。早速、手を合わせて祈る母とセイヴァル。


 俺はヴィシュヌ像に向かって祈りを捧げているジンさんの背中をぼんやりと見つめていた。神官の制服からでもわかる盛り上がった筋肉。どう鍛えればあんな体になるんだろう。俺もあのくらい背が伸びて、体を鍛えたら力負けしないだろうか。

 ビアンコ邸でのルゥの繰り出す剣の重みを思い出した。アイツは本当の力の半分も出していないかもしれない。おまけにアイツは魔法も使えるし、飛ぶこともできる翼がある。


 勝てるのか?


 俺が死ぬ気で全力で鍛えあげても、大人になって強くなっても、ただの人間に過ぎない。


「おい。」


 ハッとして顔を上げた。

 いつの間にか俺は俯いていたようだ。

 すぐ目の前にジンさんが来ていて俺を見下ろしていた。


「大神官が言ってたのはお前か。」


 え?

 大神官?ピッテロ様?

 一瞬、頭が混乱する。

 もしかして、ロザリオの笑顔のことか?

 冷や汗がタラリと流れる。


「俺に付いてこい。」


 俺は頷いて、隣に座っているセイヴァルと母を見た。二人ともジンさんに気づいていて知らない振りをしているのか、本当に気づいていないのかわからないが、熱心に祈りを捧げている。セイヴァルの肩を叩いて、この場を離れることを目で合図した。小さく頷くセイヴァル。


 ジンさんはもう礼拝堂の入り口の方にいたので慌てて追いかけた。

 神殿の中を無言でどんどん進んでいく大きな背中が、訓練所と書かれた広い部屋に入ったところで止まる。

 ゆっくりと振り返ったジンさんが、腰に帯刀している細身の長剣を抜いた。


「お前が負けたら俺の下僕な?」


 は?

 何言ってるんですか?


 全く、どいつもこいつも・・・。

 俺の周りって勝手なヤツ多過ぎねぇか?

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