第14話 守られる存在

 その時の俺は自分の事で精一杯だった。


 得体の知れない相手に勝つことだけを考える。そうすることで全てのことを切り捨てることができた。


 朝霧の中をカルラの鳥舎に向かう。


「おはよう。キャルロット。」


「おはよう。マリオ。」


 どんだけ早起きしてもマリオは鳥舎で俺を出迎える。何時に起きてるんだろう。最早、鳥舎で寝泊まりしてるんじゃないかと疑ってしまう程だ。

 カルラの雛がパタパタと俺の元へとやって来た。


「お前の方が母鳥みたいだな。」


 そう言われると嬉しい。

 足に纏わりつく雛を撫でる。


「何なら名前つけていいぞ?」


 マジで?


「・・・リオ。」


「リオ?」


 ポツリと呟いた俺の言葉をマリオが繰り返した。


「俺の名前から適当に付けただろ。お前。」


 言われてハッとする。

 ちっげーよ!オッサン!!

 雛の体に顔を埋めて熱くなった顔を隠した。

 さっぶー恥ずかしすぎねぇか?俺ぇ?

 好きな女の子の名前鳥につけるとか!


「・・・散歩させてくる。」


 やっと立ち直った俺は、リオの母鳥も連れて庭園に出た。母鳥は炎の様な翼を広げてリオに飛び方を教えている。パタパタ動き回るリオは飛んでるというよりは跳ねているといった感じで、母鳥と俺の間を行ったり来たりする姿が可愛い。

 お、なんかリオの羽に赤いのがちょっと生えてきてるかも。


 城に戻ってから暫く経った。

 父と兄とセイヴァルには毎日会ってるけど、母にはあれから会っていない。

 心配しているだろう。


 急に思い立って家に帰ることにした。


「マリオ。俺、ちょっと家に行ってくるから。」


「ん?おう。」


 干し草を解しているマリオに声をかけて俺は走った。何で走ってんだ?

 城の入り口にある馬舎で俺の馬の綱を外す。馬は「ブルルルっ」と言って鼻を近づけてきた。

 お前に乗るのも久しぶりな気がするなー。


 城から馬に乗って3分、走らせて1分強の仮の我が家に辿り着いた。こんなに近かったのか。


「おはよう、キャルロット。」


 馬を繋いでいる背後から母の声。

 振り返ると母が微笑んでいたので、ペコリと頭だけ下げた。


「朝ごはんは、まだよね?」


 コクリと頷く。

 母に背中を押されて家の中に入った。まだ誰も起きていない家の中はしんと静まり返っている。

 食堂の椅子に俺と母が隣り合わせに座った。遠くで物音がするから、料理番とかメイドとかが起きて仕事を始めたのだろう。


「もうすぐね、新しいお家が完成するらしいわ。」


 はやっ!

 ここより更に近い場所に建設中の屋敷がある。さっきも通った筈なのに全然見てなかった。


「シャインのね、婚約も決まったのよ?」


 はやっ!

 え?アイツって18とかじゃねぇっけ?

 てか、恋人ができたってのも最近聞いたんだけど!?


「新しいお家で御披露目のパーティーするから、キャルロットもちゃんと来るのよ?」


 あー。めんど・・・。


「面倒臭いとか言わないでね。」


 読まれてる。

 まぁ、顔出すくらいなら・・・。


 メイドがミルクティーを運んできた。


「狡いぞ!キャル!!

 俺に黙って帰ってるなんて!!」


 ミルクティーを啜っている所にセイヴァルが猛ダッシュで駆け込んできた。

 狡いってお前・・・。

 マリオには言伝てしたぞ?


「セイヴァルも座って。ご飯にしましょう?」


「騒々しいな。」


 父が欠伸をしながらやって来た。


「父上!おはようございます。」


「ああ、おはよう。

 ホントに早すぎるぞ?」


 父が座ってから柱時計に目をやった。


「昨日兄上に聞いたんですが、兄上のご婚約がお決まりになったんですね。」


 セイヴァルが父に言った。

 俺にはアイツから何の報告もなかったけど?


「ああ、サイベリアンの領主の娘でな。兄が騎士で、本人も控えめで真面目そうなお嬢さんだったよ。」


 地味で面白味のない女ってことか?

 アイツにはぴったりだな。

 運ばれてきた朝食を黙々と食べる俺。セイヴァルはなにそんなに話すことがあるんだ?って位、矢継ぎ早に父と母に色んな話をしている。


「そうだわっ。」


 母が手をパチンと合わせて俺とセイヴァルを見た。


「今日、ラグドール神殿に久しぶりに行こうと思うんだけど、キャルロットとセイヴァルも一緒に行かない?」


 最近の俺達の仕事は城の警護という名目で、城の中庭で朝から晩まで剣の稽古をしている。

 俺達に異存はない。

 俺とセイヴァルは父の顔色を伺った。


「・・・二人にソーヴィニヨン侯爵夫人護衛を命ずる。」


 父が静かに俺達に向かって言った。ソーヴィニヨン家で実権を握っているのは母だ。

 母がこっそりピースサインを俺達に送る。



 斯くして母の乗った馬車の前にセイヴァル、後ろに俺が馬に騎乗してラグドール神殿へと向かうことになった。

 仮住まいからラグドール神殿までは商店が立ち並ぶ街道沿いを通るのだが、幽閉生活から抜け出した俺とセイヴァルを道行く人々が奇異の目で振り返る。会話の中に『どっちだ?』とか聞こえてくるから、あの雨の日の事件の噂も広まっているのだろう。

 俺の周りでその話題を口にする者はいないし、聴取もあの日だけで有耶無耶に片付けられたのかもしれない。城の中の生活は息が詰まることもあるが、善くも悪くも守られている。


 今の俺は大人ではない。

 自分では何かに守られる存在ではないと抗おうとも拭えない現実を突きつけられた気がした。


 ロザリオの言葉をふと思い出す。


「セラフィエル様、もっともっと強くなって。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る