第6話 天使の笑顔

 目の前にロザリオの小さな顔がある。

 その閉じた瞼の長い睫毛が揺れている。


 やはりここは、ロザリオがしたようにおでこか?それとも柔らかそうなピンク色のほっぺた?それとも・・・・

 ・・・プルプルうるうるのピンク色のクチッ・・・唇???


 いやいや、それは流石にイカンだろっ!?おいっ!!


「ロザリオ様ぁ~?」


 ロザリオを呼ぶメイドの声に心臓が口から飛び出しそうになった。ぱちくりと目を開けるロザリオ。


「いかなきゃ。」


 俺は頷いてロザリオの右手を取り、その白くて柔らかい手の甲に唇を付けた。


「ありがとうございます。

 せらふぃえるさま。」


 ロザリオは笑顔で手を振り、メイドの元へと走っていってしまった。

 独り取り残されて呆然と立ち尽くす俺。

 その夢のような出来事の余韻に浸って、・・・いたかった。


「誰だ?お前。」


 背の高い木の枝に俺と同じ年位の子供がいる。その子供が笑いながら俺を見下ろしていた。


「ボクはルゥ。」


 ルゥ?

 この辺では見ない顔だな。


「ボク、すごく退屈なんだ。遊んでよ。

 キャルロット。」


 なんで俺の名前知ってるんだ?

 何となくそいつに胡散臭さを感じて、俺は背を向けた。そろそろ城に帰らないと、俺の事を捜し始めてるかもしれない。


「ねぇ、勝負しようよ。」


 面倒臭いヤツだな。


「キミが勝ったらボクが持っている魔法の力をあげるよ。」


 魔法の力?

 やっぱり胡散臭い。魔法の力は人にあげたり、伝染するものではない。


「無理だって顔してるね。

 それが、無理じゃないんだなー?」


 ルゥが木の上からヒラリと着地した。

 俺より背が高い。

 気に食わねぇ。


「魔法の力を人に与える方法をボクは知ってる。」


 ラグドール皇国では珍しい銀色の髪。浅黒い肌に緑色の瞳。異国の人間?

 どこか人を小馬鹿にしたような口元。


「ラグドール皇国の常識ではあり得ないことも、広い世界では可能になることもあるんだよ。キャルロット。」


「勝負の方法は?」


 俺の言葉にルゥがニヤリと笑う。


「女の子みたいな声だね。」


 大きなお世話だ。ロザリオはこの声が大好き(←ここ重要!)って言ってくれたからいいんだよ。


「キミの得意なことでいいよ。」


 それじゃあ、決まっている。

 俺はルゥを見据えたまま、腰の剣のつかに手をかけた。剣術なら負ける気がしない。

 まだ見習いの騎士だが、大人の騎士にも勝ったことがある。


 ルゥが掌から光輝く長い棒を作り出した。それは、みるみる形を変えて剣になった。

 錬金術ってヤツか?


「あー、キミが負けたらキミの大事なモノを貰うからね。」


 大事なモノ?

 ロザリオか?


 俺は思いっきり踏み込んでから、ルゥに斬りかかった。確実に捉えたと思ったのにヒラリと躱される。

 ルゥが振り下ろした剣を、剣で受け止めた。

 あ、コイツ。つえぇぞ?

 尚も力を込めてくる相手の剣に右手だけでは足りず、思わず左手が出て両手で剣を支えた。

 渾身の力で相手の剣を押し返して、両手で握った剣を構える。手がジンジンと痺れているのに気づいた。

 バカヂカラだ。アイツ。

 完全に気圧されている俺の心を見透かしてか、ルゥが突っ込んできた。

 上から下からとあらゆる方向から、次々に斬り払ってくる。

 俺はその剣を止めることに必死だった。自分のペースを乱されて、思うように動けない。

 呼吸だけが無駄に荒くなる。


 咄嗟に脚が出てルゥの腹を思いっきり蹴飛ばした。予想外にぶっ飛んだルゥの体が1回転して着地した。

 なんか、軽くね?

 足に感じた相手の体重が殆んど無かった。何ならさっき抱っこしたロザリオより軽いんじゃないのかと思うほどだ。


「ラグドールの騎士って蹴りもアリなんだっけ?」


 ルゥが剣を肩に乗せて半眼で言ってきた。

 あんまりしないかもな。

 神官なら何でもアリな連中らしいから、やるだろうけど。


「せらふぃえるさま!」


 え?ロザリオ?何で戻ってきたんだ!?


「ボクの勝ちだね。キャルロット。」


「おい、まだ・・・」


 !!

 なんかめちゃめちゃ血が出てるんだけど。俺!?

 確かにルゥの剣は全て躱した筈なのに、腹の辺りからボタボタと血が滴り落ちている。

 ロザリオが片膝をついた俺に駆け寄ってきて、俺の腹に手を翳した。


 治癒の魔法?こんな小さい子供が?


「約束通り、キミの大事なモノを貰うね?」


 ゆっくりと俺達に近付いてくるルゥ。その顔から目を離さずにロザリオの体を抱き寄せた。ロザリオはまだ魔法をかけ続けている。


「ロザリオちゃん?」


 何が起きたかわからなかったが、腕の中にしっかり抱いていた筈のロザリオが、目の前のルゥに抱き上げられていた。

 腹に手をやると傷がすっかり塞がっている。再び俺は立ち上がって剣を構えた。


「キミ、本当に可愛いね。」


 ルゥがまじまじと腕の中のロザリオを見つめる。子供のくせになんかイヤらしいヤツだな。


「実体のないあなたはわたしに勝つことはできない。」


「・・・・。」


 何言ってるの?ロザリオ。

 実体ないって何?

 ルゥの動きが止まる。

 ロザリオが何かしたようには見えなかったが、何だか様子がおかしい。


「わたしを地面におろして、あなたは在るべき処へ還りなさい。」


 頷いてルゥがロザリオを地面におろした。すぐに俺の所にやって来るロザリオ。こちらに駆けてくる姿が可愛すぎる。

 ルゥは俺達に背を向けていたのだが、その背中から烏みたいに黒くてでっかい翼が出てきた。

 コイツ、人間じゃなかったのか!?鳥人間か?


「あ、キミの大事なモノはもう貰ったから。」


 振り返ってルゥが言った。

 大事なモノってロザリオじゃないのか?


「ロザリオの笑顔だよ。」


 な、なんだとーー!?

 飛び去るルゥの姿を呆然と見送る俺。

 ロザリオに向かって笑いかけてみたが、彼女は金色の瞳でキョトンと見つめ返してくるだけで、笑い返すことはなかった。

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