第3話 神官に憧れる

 この気持ちが初めての恋だと自覚した瞬間に砕け散る。奈落の底に突き落とされるとはこの事か。多分、暫くの間、俺は立ったまま気を失っていたのかも知れない。


「あの噂って本当だったのか?

 女性大神官が結婚できないって。」


 ベットから少し離れた窓際のソファーに父とピッテロ様が座っている。メイドが二人にお茶を運んだ。


「そうだね。伝承によれば、人間とは結婚できないし、恋もできないらしいよ。」


「そうか。」


 目に見えてガックリと肩を落とす父。許嫁の話は相当本気だったのかもしれない。


「でもね、僕は予知夢を視たんだよ。」


 予知夢!?

 やっぱり大神官ってすっげぇ!!


「リオちゃんと僕が結婚式を挙げてるんだよ。ウェディングドレスのリオちゃん。きっと素敵だよね?」


 ピッテロ様・・・。やべぇ。

 完全にどっかにトリップしちゃってるぞ?

 うっとりした目でロザリオを見つめている。そんなピッテロ様を父が冷めた目で見ている。

 いやいや、そんなことより、女の大神官が結婚どころか恋もできないって何だよ!

 でも、俺は騎士になる男だ。(関係ないか。)諦めないぞ!結婚は無理かもしれないけど、大きくなったらロザリオを絶対口説き落とす!


「なんかキャルが燃えてる。」


 セイヴァルがこちらを見て呟く様に言った。隣にはいつの間にかビアンコ家の子供達がいる。


「あれが?

 わかりずらいからホントに燃やすか。」


 ヴィダルが魔法の青い炎を俺に向かって投げつけてきた。あほか。

 ヒラリとその炎を躱すと、床に落ちた炎はジュッと音を立てて直ぐに鎮火した。ビアンコ家では日常茶飯事らしく、床にできた僅かな焦げ跡をメイドがなに食わぬ顔で雑巾で拭いている。


「大神官。お時間です。」


 背が高くてガッチリした若い神官が部屋の入り口からピッテロ様に声を掛けた。なんか、雰囲気のある男前だ。


「ちょっと待って、ジン。

 もう一回リオちゃんを抱っこしてから。」


 ロザリオのもとに駆け寄ろうとするピッテロ様を羽交い締めにするジンさん。


「もう無理です。副大神官にドヤされんの俺なんですから。」


「リオちゃんがパパと離れたくないって言ってるんだよぉ!」


「だから・・・まだ喋れないッスよね?」


「ジンも見なよ!リオちゃんの純粋な穢れのない目を!」


 多分、何度か同じ目に合わされているんだろう。決してロザリオの方を見ようとはしないジンさん。ズルズルとピッテロ様を引き摺って行った。


「あ~~~リ~オちゃ~~ん!!(泣)」


 段々遠ざかっていくピッテロ様の声。


「さ、イザベラ様もお疲れになるでしょうから、私達もそろそろお暇致しましょう。」


 ロザリオを抱かせてもらいながら、名残惜しそうに母が言った。


「そうだな。」


「おれも妹が欲しい。」


 お子ちゃまなセイヴァルが母の顔を見ながら菓子でも強請るようにせがんだ。母と父が顔を見合わせている。


「そうね、セイヴァル。神様にお願いしてみたら?」


「わかった!」


 セイヴァルが紫色の瞳をキラキラさせている。本当に単純なヤツ。神様にお願いした位で赤ん坊なんかできる訳ないのに。

 冷ややかな目でセイヴァルを見つめていたら、振り返るセイヴァルと目があった。


「キャル!行こう!!」


 は?


「ヴィダル、シャルドネ、カルベネ、それからロザリオ!

 また遊びに来るね!」


 俺の腕を掴んでセイヴァルがビアンコ家の子供達に手を振り叫んで走り出した。


「もう来んな。」


 とか、言ってるヴィダルの声がする。

 ソーヴィニヨン家の馬車の前に執事の姿がみえる。


「キャルロット様、セイヴァル様。」


 執事が俺達を見つけて馬車の扉を開けたのをすり抜けていく。


「おれ達、馬車には乗らないよ!」


 え?


「え?何処へ?」


「ラグドール神殿!」


「あの!旦那様と奥様はー??」


 混乱したように叫ぶ執事。俺もかなり混乱してるけどな。

 ビアンコ家からラグドール神殿まではそんなに遠い訳ではなく、子供の足でも歩いて10分位だ。


「ラグドール神殿には一番偉い神様がいるから、きっとおれ達のお願いを叶えてくれるよね?」


 セイヴァルの言う通りラグドール神殿には最高神ヴィシュヌが祀られている。神殿へと続く長い階段をかけ上がる俺達。てか、なんで走ってんだ?

 神殿の礼拝堂は一般人でも出入りが自由だけど、この長い階段を上がってまで礼拝に来る人は少ない。階段の下にラグドール神殿直属の教会があるんだから。


「はーっはーっ!着いたね!」


 目の前に聳え立つ荘厳な純白の佇まい。俺達はラグドール神殿の門を潜り、礼拝堂に向かった。勿論、何故か走って。

 案の定、俺達の姿しかない礼拝堂の正面にヴィシュヌ神像がある。ステンドグラスから射し込む光に照らされる3メートルはあろうかと言う4本腕のデカい像。その真ん前に俺とセイヴァルは膝間付いた。


「ヴィシュヌ様!!

 おれ達にロザリオみたいな可愛い妹を下さい!」


 あー、折角だから俺も心の中でなんかお願いしてみるか。


「あと、立派な騎士になれますように!」


 俺は神官になれます様に。魔法が使えるようになりたい。


「あと、可愛いお嫁さんと結婚できますように!」


 ロザリオと結婚できなくても恋人同士位になれます様に。


「あとはぁー」


 まだあんの?


「今日の夕飯にニンジンがでませんように!」


 おい。それは料理人にでもお願いしとけ。


 結局、俺達の願いはセイヴァルの騎士になる願いと、その時の夕飯に人参が出てこない願いしか叶うことはなかった。

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