第64話 逃げたい
「首尾は上々か?」
振り返ると神官達が更に数名集まっていた。
「結界破損箇所修復中!
修復完了まで難航の恐れあり。
又、魔肉摂取者、現在3名、容態確認中。」
魔法陣の修復で手が離せないアルヴァの代わりに横にいた神官が応えた。
「ほら、ゲボク君達がグズグズしてるから、いっぱい来ちゃったじゃないの。
男の子なんだからちゃっちゃと脱ぎなさいよ。」
「こんなとこで脱げる訳ねーだろ。
仮にも騎士だし。」
「あー、出た出た出たよ。
騎士の変にプライド高いとこって、神官と合わないのよね。」
プライド高いのは
リザは肩を竦めてから、指示を仰ぐのか偉そうなオッサンの神官に近寄っていった。
セイヴァルがいつの間にかすぐ俺の横に来ている。
「マジで嫌なんだけど。
逃げたい。」
同感。
逃げられるか?
壁を背にした俺達。入り口は神官に塞がれ、アルヴァ達のいる結界の奥は行き止まりだ。以前物色した雑多に積み上げられたシャスラーの持ち物は、異国の美術品や骨董品が殆どで役に立ちそうな
この状況は、いつぞやの雨の日とリンクする。
あの時と違うのは自分一人じゃないということだ。加えて、相手の人数も多い上にラグドール皇国最強の戦闘集団ということ。
シナノを見るが、微動だにせず突っ立っている。まさか、放心状態?
「ゲボク君達、もっと詳しく調べられる場所に移動しましょうか。」
話し合いを終えたリザが俺達の方にやって来た。
「どこ?」
「神殿。」
「調べたらすぐ帰れんの?」
「まあ、経過も観たいから1週間はいてもらうかな。」
「「1週間!?」」
俺とセイヴァルの声が響き渡った。
リザが明白に迷惑そうに耳を塞いだ。
「魔物化するかもしれない人間を野放しにできないでしょ?」
その通りだけど・・・。
嫌な予感しかない。多分、神殿の研究室的な場所で、検体として隅々調べられたりするんだろう。
「ちょっと待って下さい。オレ達、蜥蜴のバケモン食った時は何ともなかったですけど。」
セイヴァルが思い出したかの様に慌てて取り繕った。リザがツカツカとセイヴァルに歩み寄る。顔が近い。
「それはいつ?」
「えっと・・・2年前かな?」
シャスラーと初めて会った時だ。俺達の体に何ら変わりはないし、セイヴァルとシナノなんかは俺が帰った後も毎日食ってたんじゃないのか?
シナノに目を遣る。
俺達窮地だけど、何か助け船を出すとかないのかよ。
「ん?」
あれ?
シナノの顔を目を凝らして見る。
「!!」
セイヴァルの横にいる小柄な黒ずくめは確実にシナノではない。
それっぽく人型ではあるし、これ程暗ければちゃんと確認しなきゃ判らないだろう。焚き火の揺らめく炎が更に目の錯覚を助長する。
何処行ったんだ?
が、アイツが独りで逃げる訳はないから、何処かに潜んで様子を窺っている筈。
「我々に従ってもらおうか。」
オッサンの神官が俺達に近付いてきた。
「手荒な真似はしたくない。」
思い出した。
このオッサンは副大神官だ。
神殿でもチラッと見かける位だったから思い出せなかったぞ。
ピッテロ様より少し年上と思われ、話し方や威厳ある風貌からどちらかといえばこっちの方が大神官っぽい。
シナノの数は入れずに二人で脱出する方法を考えるが、穏便に済ませる
意識的に剣の柄を握っていた。
神官達がそれを見て反応する。
このまま神官達に屈するしかないのか?
『───ねえ。』
女の声。
神官達はそれに対して何の反応も見せない。
空耳だったか?
『聞こえているのでしょう?』
再び女の声。
反響する筈の洞窟内に反響しないその声だけ異質な物に感じる。まるで直接脳に語りかけられている様だ。
顔面蒼白のセイヴァルが僅かに視線を動かした。セイヴァルにも聞こえている。
どこから?
突然、空気が変わった。
神の支配が及ばない空間に言い得ぬ不安が急激に襲ってきた。鳥肌ヤバ。
何だ?この気味悪い感じは。さっきの女の声に対しての物かもしれないし、違うかもしれない。
不思議と女の声は母性愛に似た優しさを感じた。
母上の声に似ていた気がする。
『望むなら・・・達、助けてあげる。』
姿の見えない声に救いを求めて良いのか迷うが。
悪魔が母上の声色を使っているのかもしれない。
セイヴァルの唇が小さく開く。
「・・・たす・・・け・・・て」
「おい」
「!!」
突然、焚き火が消えた。
視界の全てが奪われて神官達がざわつく。
「灯りを。」
副大神官の冷静な声が聞こえる。
一瞬の出来事だった。
俺の身体が強い引力に持っていかれそうになった。隣にいたセイヴァルの腕にしがみつく。
「キャル」
セイヴァルも掴んでいる俺の手を握る。何が起きているかわからない。
気づけば目の前に青白く光る結界が見えた。
亀裂を塞いでいるアルヴァと一瞬目が合った気がする。その口が何か言わんとするのを最後に、俺達は結界に吸い込まれた。
セイヴァルと手を繋ぐのなんか何年振りかは忘れたが、その温もりに安心感を覚える。
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