第50話 無闇矢鱈に
一瞬眠りかけたが、扉の開く音に瞼を上げる。突然の部屋の照明に目を細めた。
「・・・これは、一体・・・。」
セイヴァルの声。
目の前のセシリアが驚いた表情でセイヴァルの方を見上げている。
「結界を張っていたのに何故?」
ワナワナとその紅い唇が震える。
結界?セイヴァルの突入が遅れたのもそのせいか。
「アリア様!」
ソファに凭れ眠るアリアの傍にセイヴァルが駆け寄るのが見える。
「セイヴァルっ。その香を・・・!」
「香?」
直ぐにセイヴァルが香炉を掴み、窓を開け雨の降る闇へと放り投げた。
深く息を吐く。
徐々に手足の感覚が戻るのを感じる。
「セシリア先生、どういうことですか?」
アリアをソファに寝かせ直してから、セイヴァルが言った。
当の俺でさえ理解不能のこの状況に理解できないのは当たり前だ。
流石に兄嫁の全裸は直視できないと思っているのか、此方を見ない。真面目なヤツだ。
「ふ・・・ふふふ。」
急に笑い出すセシリア。
怖い。
「だって、運命なんですもの。」
は?
「あの時私の心を受け取ったキャルロット様と私は結ばれる運命なの。」
「私の心?」
セイヴァルがセシリアの言葉を繰り返した。
受け取る?それって・・・。
腰のポーチから森で拾ったアメジストの塊を出す。調べようと思ってすっかり忘れてた。
「ああっ!大事に方見放さず持っていてくれたのねっ!」
キショ。
立ち上がり塊をセシリアの所に放る。
余計な物を拾ってしまったばかりに、ヤンデレラに捕まったってことか。
セイヴァルを見遣ると、まるで俺が拾い食いでもしたかの様な呆れた目で見ている。
まあ、似たようなもんだしな。
教訓、無闇矢鱈に拾ってはいけない。
「で、結局お前は魔王の手下なの?」
指先の感覚を確かめる。
どうやら問題無さそうだ。
「・・・どうして?」
セシリアは俺の質問に答えずに、見開いた瞳で俺を見つめる。
「どうして、そんなに早く動けるようになるの?」
と、言われても動けるもんは仕方ないし。
それよりこの魔女はどう扱うべきかと迷いながらも、剣を抜こうと柄に手にかけた。
ノックもなく再び開かれる扉。
そこに立っていたのは兄、シャインだった。肩で息を切らせたりして、必死でセシリアを捜していたのだろうか。
その目には全裸の婚約者と剣に手をかけている弟の俺の姿しか映していない。
暗い部屋の中でもその顔が蒼白しているのがわかる。
わぁ~面倒くせぇ。
この状況をどう弁明する?
「シャイン様!!
お助け下さい!!キャルロット様が無理矢理に私を・・・っ!!」
セシリアが叫びながら兄の足元にしがみつく。
「・・・そうか、コイツか。」
兄が傍に落ちていたショールを静かに拾い、セシリアに手渡す。
まあ、そうなるわな。
他者の心に取り入るのは魔女にとって容易い事だろう。それが、自分を愛する男だとしたら尚更だ。
端から弁解する気なんか無かったけど。今更兄に気に入られようなんても思ってないし。
数歩下がり、セイヴァルに場を諫めてもらおうと視線を向けると、その口が「あっ」と、開いた。
え?
頬にかかる生暖かい感触。
拭った掌に赤い血が付いている。
「・・・な・・・・何・・・っ???」
セシリアの声。
ショールを掴んだままセシリアの両下腕が床に転がっている。
兄の握る剣から血が滴る。
「穢らわしい。淫婦め。」
冷淡な低い声。澆薄な瞳。
胸がザワザワする。
「手っ・・・!
私の手が!!!」
セシリアは跪いた姿勢で自分の斬り落とされた腕を拾い上げようとする。が、両肘から下が喪失した腕では遅々として叶わない。
それでも流れ続ける血が床に染みを作る。
「ひとつだけ聞く。」
兄がセシリアを見下ろす。
セシリアの耳には入っていないのか、血塗れの腕に向かってブツブツと呪文を唱えている。
「俺と婚約したのは、キャルロットに近付く為なのか?」
うわっ。それ聞いちゃう?
自分で傷口抉っちゃう?
聞かされてるこっちが心臓に悪いって。
そして、そんなこと今はどうでもいいだろ。コイツは魔王の手下かもしれないんだから。
「・・・ふふ。」
まだ繋がらない両腕を見つめ、セシリアが笑う。
「そんなこと、当たり前じゃない。」
開き直った女、怖ぇぇー。
元々ヤバい女だとは思ったが、兄を蔑む様な目はもっとヤバい。
「貴方みたいな何の取り柄もない男、本気で好きになる訳ないじゃない。
華もないし女々しくて嫉妬深くて本当にうんざり。ソーヴィニヨンの名前が無ければ何にも出来ないお坊ちゃん。」
言い過ぎだ。
この状況下であまりにもそれは居た堪れないだろ。
「神の御子達の引き立て役以外の何者でもないわ。」
神の御子。
確かに俺達双子はそう呼ばれていた。
ラグドール皇国で双子は神聖な存在で、見る者出会う者に幸福を与える存在だと言い伝えられている。俺達が生まれた時には国中がお祭り騒ぎで祝砲まで上がったらしい。
町を歩くと信心深い年配者なんかは未だに有難がって手を合わせてきたりするのだ。
「っ!!」
兄が振り下ろした剣を咄嗟に抜刀した剣で受け止めた。
コイツ、マジか。
「何故止める?」
俺には目を向けずに兄が言う。
「・・・いや。まだ聞きたいことあるし。」
久し振りに兄と剣を交えたが、やはり負ける気がしない。
「兄上、彼女を殺してどうなるのですか?
それに理由ない不始末は道理に反します。」
まだ眠るアリアを背に守りながら、セイヴァルが諫めた。
「ふっ」と、兄が笑う。
「そんなもの、立派な姦通罪だろ。
何なら皇女に対する謀反でもいい。」
姦通って・・・。未遂だし。
多分にして呆れた表情が顔に出ている俺が、益々兄は気に食わなかったのだろう。
「そうだ。
キャルロット、上官命令だ。
お前が殺れよ。」
うわっ。パワハラじゃん・・・。
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