第55話 遊んでる場合じゃない

 シナノの横に並んだ。幾らか弾んだ息を整える。


「お前の話?」


「過去の話。某が黄金の国にいた折の事にございます。」


 口数の少ないシナノが自分の話をするのは初めてだ。


「某が育ったのは地中深くの『闇』と呼ばれる里でした。・・・まぁそこが闇だと気付くのは外界に出てからですが。

 暗闇でも遜色なく見えたり、些細な音が聞こえたりと、他の人間に比べて五感が優れておるのもそのお陰でしょう。」


 いつかシャスラーが語った、黄金の国の窖に存在する『土竜』という戦闘集団。あの話の登場人物は案の定シナノだったんだ。


「闇で暮らす我等に固有の名は無く、御頭という絶対的支配者の命令のみが我等の全てでした。

 つまり、我等の世界に在るのは御頭と自分とそれ以外。御頭の定める秩序の下に我等は存在していたのです。

 昼夜なく続く修行の日々。命を落とす者も少なく在りませんでした。

 我等の主な任務は戦の裏側や諜報活動で常に数人の組で活動していたものの、互いに仲間という概念は皆無。最低限の言葉を交わすだけで、数日で違う者と入れ替わるのですから無理もありません。」


「入れ替わる?」


 俺の言葉にシナノが首を横に振る。シナノには『それまで行動を共にしていた者』が入れ替わる理由がわかる筈もないということか。


 「消えた者とは二度と会うことが無かったので、結局の所は息絶えたのか里から逃げたのかは解らず仕舞いでしたね。」


 シナノと初めて会った時、何て愛想のない奴だと思った。俺が言うのもなんだけど。


 長く続く戦乱の黄金の国。ただ戦う為だけに集められ、感情を持つことを禁じられた集団の中でシナノは生きてきたんだ。

 親でもない人間の命令に従い、何の疑問もなく過酷な任務を忠実に熟す。

 俺の想像の範疇を越えるが、きっと思い出したくない過去に違いない。


 俺達とは違う。


 シナノが俺を見据えたまま小さく息を吐いた。


「某は元より命を持たぬ身。この太刀同様、武器に過ぎません。主の為に命を捨てる等、惜しくはないのです。」


「わかったよ。シナノ。」


 俺はシナノを追い抜いた。


「俺達はお前には敵わない。

 もっともっと強くならなきゃいけない。」


 強い人間は相手の技量を瞬時に計ることができる。俺はルゥが強いことを知ってはいるが、シナノも相当強いことも知ってる。そのシナノの見せない表情の向こうに焦りが見えるのだ。


「キャルロット殿。

 この国はキャルロット殿、貴公の手に掛かっていると見解します。そして」


 一瞬、躊躇う様にシナノの瞳が揺れた。


「彼の少年はこの国を滅ぼさんとする魔物の王です。」


「・・・魔物の王?」


 ルゥが?

 いやいや待て。伝承に聞く魔王ってもっと強そうな奴じゃないのか?


「あの姿は実体ではなく仮の姿。」


「俺の心を読むな。」


「失敬。」


「俺の手に掛かっているだと?

 俺より強い人間は他にもいるのに?」


 城の騎士を挙げたら騎士団長である父やラリーさんには一度も勝ったことがないし(とはいえ最近は手合わせしたことないな。)、ピッテロ様を初めとする神官連中は剣も魔法も使えラグドール皇国では最強の集団だ。


「某が戯言を申す人間に見えますか?」


 見えねぇけど。

 俺の手に掛かってるとか言われてもよ。

 何って・・・。


「・・・面倒臭ぇ。」


「貴公の運命さだめなれば。」


 前方に視線を向けシナノが呟いた。

 まだ日の出前、目の前に荘厳なラグドール神殿が見える。

 何処かいつもと空気が違う。

 中に入るのを躊躇っていると、突然重い扉が開かれた。


「下僕か。」


「ジンさん。」


 ジンさんの後ろに二十名程の神官達が隊列を組んでいる。普段見掛けない神官の多さに少し気後れしてしまう。


「ちょいと野暮用ができてな。お前等と遊んでる場合じゃねぇんだ。」


 ジンさんは俺とシナノを交互に見た。

 俺、アンタに呼ばれてるから来てんですけど?

 途中からは自主的に来てたんだったか。


「何かあったんですか?」


「ああ、バーゲストが出たんだ。」


「「バーゲスト?」」


 俺とシナノの声が重なった。


「不吉を告げる低級の魔物だが厄介な場所にいる。これは発見が遅れた理由にもできるか。」


 後ろに控えている神官達がジンさんの目線の合図で静かに神殿を出ていった。方向的にはカルラのいる鳥舎だろう。

 遠方に向かう時、神官は魔法陣を使い移動する。と、いうことはラグドール神殿領内にその魔物がいるということだ。


「じゃ、俺も行くから。」


 ヒラヒラと片手を振りながらジンさんが神殿を出た。無言でその背中を見送る。


「バーゲストとは・・・気になりますな。」


 シナノが眉根を寄せる。

 あ、コイツ出自はどうあれ本性はセイヴァル同様好奇心の塊だ。抑えようとしているつもりだろうが、その瞳がキラリと光るのを俺は見逃さなかった。今にも『我等も参りましょう』とか言い出し兼ねない。

 俺の視線に気付いたシナノがコホンと咳払いをした。


「・・・。」


 てか、行きたいなら勝手に行けば?

 俺はピッテロ様を捕獲してくるからよ。

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