第53話 侵入者
「・・・間に合いました。」
シナノ。
窓から侵入したのだろう。
シナノがキャビネットの傍に立っていた。
珍しく息を切らせているようで小さなその肩が上下に揺れている。
キャビネットの上の人形が1体無くなっている。
「シナノ・・・何故だ。」
セイヴァルが息の漏れる様な声で呟く。
俺達が確実に仕留めていたと思っていた兄の姿が、アリアに良く似た人形に代わっていた。
どういう仕掛けなのか、何らかの術を使ったのか解らないが、シナノは兄の体の半分程の人形と掏り替えた。セイヴァルは兄を殺めてはいないということなる。
「・・・申し訳ありません。」
シナノはそれ以上語らないままセイヴァルに近づき、人形から剣を抜いた。
呆然と膝から床に崩れ落ちたセイヴァルと、部屋の隅でガタガタ震えて踞る兄。
キャビネットの上に残された少女の人形が何処か寂しそうに見えた。
ドアが雑作もなく開かれ、父とその少し後ろにラリーさんが立っていた。
二人は部屋中を見回してからソファに横たわるアリアに駆け寄った。彼女は再び気を失ったのか、血の気の引いた青白い顔で目を閉じている。
皇女の容態を確認し、ラリーさんは部屋を出た。
『嘆く皇女は混沌の血の海の中。』
血の海の中、息絶えてしまったのが、予言をしたセシリア本人だったとは。
皇女付きのメイドが数人やって来てアリアを奥の寝室へ運び、父とラリーさんがセイヴァルと兄を抱えて部屋の外へと連れていった。
部屋には俺とシナノ、セシリアの遺体が残された。
「姿を現せ。」
ピクリとも動かないセシリアに向かってシナノが言った。
「は?」
てか、確実にセシリア死んでるだろ。
首飛んでるんだから。
「あははっ。面白いの飼ってるじゃない。」
俺達はさっきまでアリアがいたソファを振り返った。悠然と足を組んで座る異国風の少年。
「ルゥ?」
シナノが俺とルゥの間に割り入り、短剣を構えた。またしても姫扱いの俺。
まぁ、俺の護衛って言ってるしな・・・。慣れなきゃいけないんだろうが・・・。
ルゥがシナノを見て目を細めた。
「懐かしいな。黄金の国。」
「貴公は」
「てかさー、もういい加減起きなよ。」
シナノの言葉など気にも止めずに、ルゥが表情を変えた。
相変わらず自分勝手なヤツだ。いくらシナノの声が小さいからって無視すんなよ、失礼だろ。
「お言葉ですが、魔力が足りないんだから仕方ないじゃないですか。
文句言うのでしたら早く復活しちゃって欲しいものです。」
セシリアの遺体から聞こえる非難めいた女の声。セシリアの声とは明らかに違うもったりした感じの鈍臭い声だ。
遺体からずるりと這い出たその女は、羞恥心は皆無と思える裸同然で黒い衣服を・・・布を身体に張り着けている。浅黒い肌に黒い髪。零れ落ちそうなたわわな爆乳と厚い唇が印象的な女だ。頭には牡牛の様な立派な黒い角が生えていて、プリンとした尻から生えた牛の尻尾をゆらゆらさせている。
俺の中で牛女と命名することにした。
「まあ彼女の魂があったから良かったですけど。
曲がり形にも呪術師でしたし。」
牛女がセシリアを冷酷な目で見下ろした。顔と声に不釣り合いな悪魔の目。
「じゃあ問題ないじゃん?」
ルゥの言葉に牛女が顎に手を充てる。
「そうなりますねぇ。」
沈黙の後、牛女の目がハッとしたように見開いた。
「いえいえ、わたしは全く問題ないのですがね、ベルゼ嬢が待ちわび過ぎてご立腹なのですよ。」
「ブブちゃん元気?」
慌てふためく牛女を他所に落ち着き払うルゥ。それを見て牛女も溜め息をついた。
「元気でしょうね。貴方が思ってるよりずっと。見掛けは多少変わりましたけれど。」
「おい」
堪り兼ねた俺は、如何にも不機嫌そうに声を発した。
「あ、ごめんごめん。キミ達を蔑ろにしたワケじゃないんだけど、ベルフェと会うのも余りに久しぶりだったからさぁ、許してよ。」
大袈裟に両手を広げてルゥが大して悪怯れる風もなく言った。
ルゥと牛女が知り合いなのは見ててわかる。牛女はセシリアの魂がどうとか言っていた。
悪魔は人間の魂を食うと聞いたことがあるが、牛女はセシリアの魂を食ったということか?
牛女がフッと笑う。
「キャルロット様。
この姿でお会いするのは初めてですね。
私、ベルフェゴールと申します。」
「ベルフェゴール?」
「ええ、ご覧の通り悪魔です。」
「ラグドールには魔界からの侵入者を防ぐ結界が張ってある。どうやって入った?」
「ああ、それは簡単です。私はそちらで死んでる呪術師に召喚されたので
等価交換の呪術ですね。彼女は貴方の心と体を全て手に入れたいとのことでしたので、彼女の魂と引き換えに私の力をお貸したのです。
、が。」
ベルフェゴールの瞳が光る。
「貴方に近付く為に利用した貴方の兄上に情が移ったのでしょう、数時間前、彼女は私にこう言ったのです。
『キャルロット様の心は諦めます。シャイン様と幸せになります。』と。」
「契約破棄かぁ。
有り得ないね。」
「ですよね!?ですよね!?」
ルゥという賛同者の存在に興奮気味のベルフェゴールがピョンピョン跳ねる。
コイツ、すっげえイラつくな。
俺は舌打ちした。
「だったら大人しく魔界に帰ればいいじゃねぇか。」
「それはできませんよ。
私、一度引き受けた
移り気な彼女の代わりに私が任務遂行して差しあげたのだから、感謝して欲しい位ですね。
最も、失敗しましたけど。
ああ。キャルロット様は年増はお嫌いかしら?」
ベルフェゴールがクスクスと笑う。
「黙れ。」
シナノが抜刀した大太刀をベルフェゴールの喉元に突き付けていた。
顔色を変えることなくシナノを見下ろすベルフェゴール。その尻尾が大太刀に巻き付いている。
「やだ。私も首チョンパされる所でした。」
「ベルフェ。」と、ルゥ。
「はい?」
間の抜けた返事をしたベルフェゴールの整った顔が僅かに歪んだ。
「その子には気を付けて、って言いたかったんだよね。神剣使いだから。」
「・・・言うの遅くないですか?」
「うん。ごめん。」
半眼で見つめるベルフェゴールに向かってルゥがペロリと舌を出してみせた。
結局、コイツらは仲間なのか?
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