第8話 ラフレシア

 俺達は白を基調とした騎士の正装で、アリアの誕生パーティーとやらの会場に赴いた。といっても城の2階だけど。

 沢山の貴族の連中がド派手に着飾って、広い会場を埋め尽くしている。ラグドール城自慢の宮廷音楽家達が優雅に演奏しているが、其々の話に夢中で誰も聞いちゃいない。


 もう帰りたい。俺一人いなくたってパーティーはやれるんだから、いいんじゃね?

 俺とそっくりなのもいるし。

 護衛の騎士として会場に控えていた方がまだマシだ。


 最近の社交場で俺とセイヴァルを並べて、見世物みたいに楽しむ大人達がいるのが気に食わない。

 前に一度、金で爵位を買ったというおっさんから、屋敷に二人で遊びに来るように熱心に誘われたっけな。あの時に積まれた金はいくらだったか。ただ遊びに行くだけで何で金がもらえるんだよ。

 気持ちわりぃ。思い出しただけで鳥肌モンだ。セイヴァルなんか少しは大人になったとはいえ、巧い口車に乗って個室とか暗がりとかに連れて行かれるんじゃないかと思うと、ヒヤヒヤして目が離せない。

 今も遠巻きに俺達に向けられる熱っぽい視線に吐き気がする。


「キャル。ホントに具合悪い?」


 セイヴァルが俺の顔を覗き込んだ。同じ顔。今は髪型も同じにされているから、余計に鏡を見ているかの様だ。


「キャルロット!セイヴァル!

 お久しぶりねっ。」


 この声は・・・。


「特別に後で踊ってあげても良くってよっ。」


 出たな。ビアンコ家のカシマシ娘ども。

 そうか、いつもは大人ばかりの社交場だけど、今日はアリアの誕生パーティーだから子供もいるのか。

 気がつけばチラホラ子供の姿が見える。まぁ、子供といってもロザリオみたいに小さい子はいないけど。俺は何となくホッと胸を撫で下ろした。


「シャル、ベネ。

 久しぶりだね。相変わらず元気そうだ。」


 セイヴァルが律儀にも二人に向かって挨拶をする。満足気なシャルドネとカルベネ。


「アナタ顔が青くってよ?」


 ピンク色のドレス姿のシャルドネが、まるで俺が病原菌でも持っているかの様に眉をひそめ、扇で口元を隠しながら言った。

 同じ姉妹で、同じピンク色の服着ててもロザリオとは愛らしさがこうも違うものなのか。

 その隣で同じ様に扇で口元を隠す赤い色のドレスを着たカルベネ。


「人に酔ったのかもね。」


 セイヴァルが特に俺を心配する風でもなくキョロキョロしながら二人に言った。


「ヴィダルは?」


「あちらに。」


 シャルドネが扇で差した先の人集りがこちらに近付いてくる。ゾロゾロとやって来る行列の先頭にいるのが、ビアンコ家の奥方イザベラ様とその長男ヴィダルだ。

 何あれ。パレードか?


「キャルちゃん。セイちゃん。」


 濃紺色のドレスを着たイザベラ様が俺達を見つけて立ち止まった。4人子供を産んだとは思えない体型、そして変わらない華やかな美しさにおっさん達が鼻の下を伸ばしている。


「立派になって。

 お父様とお母様もいらしてるんでしょ?」


「ご無沙汰しておりました。イザベラ様。ヴィダル。お変わりなく何よりです。

 いえ、父と母にはまだ俺達もお会いしてなくて。」


 まぁ、騎士団長である父とは城で毎日のように会ってるけどな。


「相変わらず、瓜二つだな。」


 ワインレッドの貴族服を着たヴィダルが鼻で笑った。お前は相変わらず生意気だな。


「見分けがつくように赤いリボンと青いリボンでも髪に着けてたらどうだ?」


 は?


「いやだ。ヴィダル様ったら。

 お戯れが過ぎますわ。」


「でも、可愛いかもしれませんわ♡」


 ヴィダルの取り巻きの女どもが、盛りのついたメス猫みたいな鼻にかかった声でクスクス笑う。


「俺達が判ればいいんだよ。」


 面倒臭そうにセイヴァルが言った。


「俺じゃない方がキャルロットだ。」


 愛想のいい方がセイヴァルで愛想の無い方が俺だった筈なんだが・・・。

 セイヴァル反抗期か?


「どうでもいいけど。」


 偉そうにヴィダル。

 てか、ビアンコ家の奥方と3人の子供が並ぶと無駄にギラギラ感が半端ない。他の貴族より特に豪華な物を身に付けている訳でも無い筈なのだが、野原の白爪草の中に咲く真っ赤な薔薇、いやラフレシアのようだ。


「また後でね。二人とも。」


「じゃあな。」


 ビアンコ御一行が立ち去ろうと俺達の前を通りすぎようとした。しかし、一度視線を反らしたヴィダルが俺をじっと見ている。


「お前、なんかいい匂いするな。」


 は?気持ち悪いな。

 ツカツカと歩み寄るヴィダルの顔が徐々に近付いてきて、俺の首辺りの匂いを嗅いだ。

 その様子を見ていた女達の「キャアアーーっ♡♡♡」という、耳障りな黄色い声。

 やめろっ!何か息当たってるし!!

 ぐいっとヴィダルの肩を思いっきり押した。


「ウソだろ。」


 呆然と俺の顔を見つめるヴィダル。

 何だコイツ。男色家か?

 怪訝そうに見ていると、今度は耳元に顔を近付けてきた。またしてもキャアキャア騒ぐ女達。


「お前、ロザリオと会ってた?

 しかも、かなり近い距離で。」


 ドキリとして慌ててヴィダルを振り返ったもんだから、危うく顔がくっつきそうになってしまった。あぶねぇ。腐女子の格好のオカズになるとこだった。


「お前まさか・・・。」


 ヴィダルが腰に帯刀している剣に手をかけた。


「抱いたりしてないよな?」


 抱いたけど、抱いてない!

 ちょっと待て!

 何かその言い方は語弊があるぞ!?

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