第41話 恐るべし、成長期

 目を開けると世界樹が目に入った。カルラの体長より低い。

 俺が元にいた時代なのか?

 夜が明けたばかりか、朝霧が辺りに立ち込める。


「シャスラー!」


 静まり帰った山の中、呼び掛けてみるが返事はない。


「クルル。」


「ああ、先ずは神殿に行かなきゃな。」


 パドマの背中を撫でる。急にピンク色になっちまって吃驚するよな・・・。コレ。パドマの子供達が警戒しなきゃいいが。


 空から見るラグドールはさっき見た違和感は全くなく、俺がいた時代に間違いなかった。

 神殿の鳥舎に降り立ち、中に入る。


「クルルルっ!」


「「クルルっ!!」」


 パドマの声に反応する声。

 ん?

 今鳴いたのコイツら?

 2羽のカルラが羽を鳴らした。

 パドマと同じ位の大きさ。どうやらあの雛は成鳥となってしまったらしい。


「キャル!?」


 声に振り返ると鳥舎の入り口にセイヴァルが立っていた。


「セイヴァル。」


 次の瞬間にセイヴァルが思いっきり抱きついてきた。力強さに少し噎せる。


「お前、心配したぞー。

 急に外国に行くなんて。」


「ああ、ごめん。

 んん?」


 俺とセイヴァルの身長が明らかに違う。体を放したセイヴァルと向かい合う目線が合わない。そういえば、セイヴァルの声が完全に声変わりしている。血の気が引いていく俺の顔面。

 雛だったカルラが成鳥になるんだから、そうだよな。多少の誤差、時間の擦れってやつか。


「あー、コホンッ。

 セイヴァルは何歳になったんだ?」


「お前、久しぶりに会った弟に親戚のオジさんみたいなこと聞くんだな。」


「いや、いいから。」


「15だろ?」


 2年。たった2年でこんなに差がつくんだから、成長期。恐るべし・・・。

 セイヴァルが体を擦り寄せ会うカルラ達を見遣った。


「で、このカルラは何でピンク色になってんだよ。」


「パドマ?そりゃあ、雌だからだろ。」


「・・・頭でも打ったか?」


 セイヴァルは怪訝な顔で俺を見ていたが、すぐに笑顔になった。


「ま、無事に帰ってきたんだから、ヴィシュヌ神様にご報告しないと。」


「・・・・。」


 言われるがままにセイヴァルの後ろを付いていく。その前に、と、俺は振り返った。


「パドマ。ありがとな。

 また来るよ。」


「クルルっ!」


 羽をバサバサさせて応えるパドマ。

 親子水入らずでゆっくりしてくれよ?


「ところで、何で神殿にいるんだ?」


 鳥舎を出て、神殿に入るところでセイヴァルに尋ねた。


「鬼ごっこ中だからな。」


「・・・『中』?」


 不意にセイヴァルが左方向にを目をやった。

 視線を追うと神殿の寄宿舎辺りだろう屋根に人影が2つ。


「ピッテロ様!シナノ!」


「キャル君!」


 此方を見たピッテロ様に向かって、シナノがナイフに似た刃物を数本投げつける。ピッテロ様は光の盾でそれを弾き、無数の炎の弾丸を放った。まともに弾丸がシナノに当たったように見えた。

 シナノ生身だよな?いや、俺が知らなかっただけで魔法の類いとか使えるのかも?

 顔の前で腕をクロスにさせた体勢でシナノが同じ場所に立っていた。


 いやいやいや!?

 ウソだろ!?思わず2度見しちゃったぞ。


「キャル君、おかえり。」


 目の前にピッテロ様がにっこり笑って立っている。オッサンだから見た目には違いはない。


「只今戻りました。」


 俺も精一杯の笑顔で答える。が、背後から殺気を感じて思わずしゃがみこんだ。

 銀色の閃光が走る。

 見上げるとセイヴァルがピッテロ様に一撃を与えている瞬間だった。セイヴァルの刃から逃れようと後方に飛び退いたピッテロ様の背後にシナノ。

 それを読んでいたのだろう、ピッテロ様が右手を翳した。

 ───動きが止まる。

 良く見るとピッテロ様の首や手首、胴体、足に細い糸の様なものが巻き付いている。


「今日のところは観念するか。」


「すみません。ピッテロ様。

 仕込んでました。」


 セイヴァルがピッテロ様に近づいて、その糸を外した。


「キャルロット殿。ご無事で何よりです。」


 シナノが俺に駆け寄ってきて傅いた。


「心配かけたな。」


 頷いてから立ち上がるシナノ。内心抜かされてたらどうしようとドキドキしてたのに、シナノは身長が伸びていない。まだ成長期じゃないのか。


「キャル君、いい顔になったね。

 充実した日々を過ごしたみたいで良かったよ。」


「ありがとうございます。」


 金色の瞳。

 ピッテロ様のその目に思わず見入ってしまった。


「そんなに見つめられると照れるなぁ。」


「ピッテロ様、『魅了』ってなんですか?」


「あー、魅了ね?

 その名の通り、『他者の心を虜にする力』だよ。」


「魔法ですか?」


「魔法っていうより能力、だろうね。

 因みに大神官の多くはその能力を生まれ持っているんだ。」


 へぇ。やっぱり大神官すげぇ。


「じゃ、礼拝堂に行こうか。」


 俺達は頷いて、ピッテロ様の後ろにゾロゾロ付いていった。


 魅了か。

 ロザリオもその能力を持っている。ルゥと初めて会った日、彼女はその力をルゥに使ったんだ。

 いつかの鬼ごっこでピッテロ様はパドマを使い、俺の動きを封じた。そういや、シナノがヴィダルを押さえ込んだ時、もしかしたらあの時も『魅了』を使おうとしてたのかもしれない。

 だとしたらシナノにはどうして効かなかったんだ?


「キャルロット殿、心をにし、己を見失うこと無ければ、術は回避できるのです。」


「そういうもんなのか?

 ・・・って俺の心の声を読むな!」


「失敬。

 然し、貴公はどうも表情に出易い故、心した方がよいかと。」


 初めて言われた。

 チラリとセイヴァルの方を見ると口を押さえて必死に笑いを堪えている。それが答えということだ。


「・・・心得たよ。」




 ピッテロ様が祭壇の前で祈りを捧げる。

 淡いブルーの神官の制服は礼拝堂に良く映える。

 そういや、ここで会って以来ヴィシュヌを見かけてない。何故か神界でも会わなかったし。ロザリオを守ってくれ、って頼んでしまったが、まさかアイツ、ロザリオを口説いたりしてねーだろうな。


 ロザリオはもうすぐ5歳か。さぞ可愛らしく成長してるんだろう。いや、絶対可愛い。可愛すぎて死んでしまう。

 見てもいないのに妄想だけで悩殺される俺。

 シナノが言ってんのはこういうコトか・・・。

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