第28話 魔法の先生
まだ夜が明けない暗いうちにカルラに乗ってラグドール神殿にやって来た。
怪しい旅人にコスプレしたあの神達はウチの客室で寝ているだろう。
カルラと一緒に神殿の鳥舎に入ると、ピッテロ様が空けた穴が綺麗に塞がれているのに気付いた。今日からまたピッテロ様と鬼ごっこが始まる。ピッテロ様は今頃何処の神殿で祈りを捧げているのだろうか。
ラグドール皇国はとても広大な面積を誇る国だ。俺が知っているのはラグドール城とラグドール神殿があるこの皇都だけ。ましてや3年もの間、軟禁状態だったから今まで知らなかった世界に少なからず興味はある。
セイヴァルに至っては俺の何倍もその気持ちが強いだろうから、洞窟の中でシャスラーやシナノに他国の話や旅の話なんかをいろいろ聞いてるのかもな。
「おはよう。キャル君。」
ピッテロ様の気配に気付いてすぐに、俺はそこに突っ込んでいった。カルラの鳥舎内で流石に魔法は放てないからか、俺の剣をピッテロ様が細身の長剣で受け止めた。
「彼には会えた?」
「まあ、ボチボチ・・・。」
この剣は苦手だが、狭い鳥舎では俺の方が有利だ。ピッテロ様と剣を交えるのは初めてだな。
剣を受け止めているピッテロ様の視線が俺にも剣にもないことに気がついた。金色の瞳が瞬きもせずに何処か一点に止まっているが、俺は次の攻撃を仕掛けようと懐のダガーに手をかけた。
「!?」
と、その時。
背中に物凄い衝撃を受けて、俯せに地面に倒された。
その隙を見たピッテロ様がペロリと舌を出し走り去っていく。
お、重い・・・。
背中にカルラのでっかい足が乗っていて、ピッテロ様のお気に入りのカルラが虚ろな目で俺を見下ろしていた。一晩中一緒に大空を羽ばたいて絆も深まった同志だと思っていたのに、裏切られるとは何てこった。
あー、もう俺の繊細な心はちょっと傷付いたぞ。
このまま不貞寝してやる。
暫くしてジンさんに叩き起こされた俺はラグドール城に戻ってきた。ピッテロ様を捕まえられなかったことは一度や二度じゃないから、特に咎められることはない。
鳥舎に行ってみたがリオの父鳥は戻っていなかったので、セイヴァルはまだコモンドールの洞窟にいるのだろう。
城にある俺の部屋に寄っていくついでに、アリアの所にでも行ってやるか。
そう思いながら鳥舎を出ると、丁度、庭園の散歩をしている皇女御一行と出会した。
「キャルロット。」
つまらなそうに歩いていたアリアの顔が一瞬で可憐な花が咲いたように綻ぶ。頬を赤らめているアリアに向かって一礼した。
一行がぞろぞろと俺に近付いてくる。アリアがこっちに来たからだが、何とも邪魔くさい。
その一行の中に見慣れない顔。20代前半位か、茶色の髪を後頭部辺りでダンゴにした眼鏡の女だ。女が俺に向かって頭を垂れる。
「キャルロット様。お初にお目にかかります。先日よりアリア皇女様のお側付きとなりました、セシリアと申します。宜しくお願いしますわ。」
セシリアに向かってペコリと頭を下げた。
何だろう。この目は知っている気がする。
「セシリアは魔法の先生なの。」
へぇ。
そう言われると紺色の踝丈のワンピースが如何にも魔女っぽく見えるな。
てか、どういう風の吹き回しか、今まで魔法に興味のなかったアリアが魔法を覚える気になったのか?
メイドのネルに視線を送る。
「アリア様。お茶になさってはいかがですか?」
ネルが姿勢を低くしてアリアにそう提案した。アリアの頬がまた赤くなる。
「ええ。そうね。折角ですからキャルロットもご一緒にどうかしら?」
頷く俺。
「では、サロンにご用意致しましょう。」
「ええ。お願いね。」
一礼して一足先にサロンへ向かおうとするネル。その跡を追った。あの行列に加わるのも嫌だった事もあるが、ネルに聞きたいこともある。
「キャルロット様。
あの魔女のことですか?」
喋りながらも歩調を緩めることなくネルが俺をチラリと振り返った。
肩書きは魔法の先生じゃねーのか?
「皇都出身の平民です。宮廷魔術師長様のご推薦とのことです。」
魔術師長。助手とかいう女がコロコロ替わるあのスケベ臭いジジイか。
今までのジジイの好みとは違うような気もするが、年取ると趣味が変わるのかもしれないな。ただセシリアの魔法の腕が買われただけだとしても異例の抜擢過ぎやしないか?
皇族の教師やお付きは大抵貴族出身者だ。
今、俺の前を歩くネルも皇族の縁戚らしい。
ネルが近くに待機していた他のメイドに指示を仰ぐ。
「素性には問題ないようでしたが、気になりましたか?」
「いや。」
サロンに着いて俺は窓際のソファに腰を掛けた。気になるっていうか、どっかで会った気がしたんだが、その内思い出すだろう。
「アリア様はセシリア先生のことを大層お気に入りのご様子。彼女のお陰でアリア様がお元気になられたのは事実です。」
確かに、アリアが庭園の散歩に出てるのも久しぶりに見たし、俺に向かって積極的に話かけてきたな。特に俺が心配することはないということか。
「お待たせしました。キャルロット。」
アリアが何処か小走り気味にサロンに入ってきた。さっきまでの行列の姿はなく今は一人だ。少し乱れた息で俺の対面にあるソファにちょこんと座る。
「セイヴァルはお留守のようね。」
ネルに差し出された紅茶を啜り頷いた。アリアも同じ様に紅茶をひと口飲み込む。
「セイヴァルが一緒の時にお願いしたかったのですが・・・。
いえ、これは命令になってしまうかしら・・・。」
「・・・何?」
真剣な碧色の瞳が俺を見つめる。
アリアが俺達に命令することは一度もなかったから珍しい。
ゆっくりと立ち上がり、アリアは俺の隣に座り直す。
「キャルロットとセイヴァルにまた私の傍で、私を守護して欲しいのです。」
どうした。アリア。
やけに積極的過ぎだぞ?
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