第62話・天界よいとこ一度はおいで

 立ち上っていた雲が晴れ、隠されていたものが姿を見せて、俺とミアは絶句して女神様と天使たちは絶望の縁に立たされた。

 震える口必死になって開いても、意味のない言葉を唱えることしか出来なかった。


「何だよ……何だよ、これは」


 そこに整然と並んでいたのは女神様が聖なる力で生み出した、無数のチア✕チア☆ダブルチアグッズだった。アクスタ、ポスター、こっち見てうちわ、ロゴ入りタオルに等身大POPまである。


 小指の痛みが未だに引かぬ女神様は、雲上を這い悶えながら、湧き上がる雲でグッズの山を隠そうとした。

 しかしそれは無情にも、ミアが猫手でパッパッと払い除ける。

「すっごいにゃあ、ルチアさんがいっぱいにゃ」

「これも当然、無許可だろ」


 女神様は、痛みをこらえて浮かんだ涙を、悲しみの涙へと変えていった。

『天界ライブ、楽しみにしてたのおおお! ルチアの生歌が聞きたかったのおおお! これはその準備だったのよおおお!』

 突っ伏して号泣する女神様を、天使たちが慰めていた。天使たち、こんな女神様によくついていってるな。


「女神様が可哀相にゃ! ルチアさんを呼んでくるにゃ!」

『ミア、すぐそこにいるのですね!? ルチアが近くにいるのですね!?』

「だあ─────! ルチアは歌わないって誓ったんだ! そうだな……ええっと……生涯、レチアを弔うと言って引退したんだって!」


 ショックを受けた女神様は、途方に暮れつつスクリーンに【衝撃! ルチア引退】と入力していた。

「だ、か、ら! それも無許可だろ!? どうせ一緒にルチアのライブ映像をスローで流す、そのつもりだろう!? それがもとで解説動画とか考察動画とか作られるだろうが!」


 女神様は編集画面をそっと閉じ、アップした動画を片っ端から削除した……って、ほぼ全部かよ!? この世界はあなたの手にあるのかよ!?

『レイジィ、これでよいですか?』

「ああ、お陰で世界は救われた。これでチア✕チア☆ダブルチアに怒れる魔女は、鎮まるだろう」

『しかし、何を伝えればいいのでしょう。残された動画は、もうこれしかありません』

 しょんぼりした女神様は、ただひとつだけ残った動画を再生した。


『おぉほぅれぇへぃはジャィアンアンアンアンアン……レイジィ、ィ、ィ、ィ、ィ、何をさせるんですか、か、か、か、か……』


 それかよ。女神様ご自身だから、これはいいか。


 するとミアが、何かを思い立って耳と尻尾をピンと立てた。

「絵描きの子とアサラッシュのお話がいいにゃ! 港町のお金持ちに聞いてみるといいにゃ!」

 それを聞いた天使のひとりが、嬉しそうに女神様へと寄り添って肩を揺すった。あの天使が絵描きの少年だったらしい。


 ミアは猫手をギュッと握り、ぶんぶん振っておねだりをした。

「それと、巫女さんのお話も聞きたいにゃ! ヘイムダルさんがお話してくれるにゃ!」

「それはいいかも。話は長いようだから、当分ネタには困らないぞ。それで、ちゃんと許可を取れよ」

『胸を打つ話と創世記、それは素晴らしい題材ですね。ミア、レイジィ、感謝します』


 女神様は満足したのか、翼を広げて神々しい光を放った。

 動画の削除に成功し、新しい動画も提案出来た。俺の身体は手に入らず幽霊のままではあるが、これでよしとして地上に帰ろう。


『レイジィ、もう行くのですか?』

「レイジィ、帰るのかにゃ?」

「もう用事は済んだからな。また何かあれば、教会にでも出向くよ」

『待って! レイジィ!』

 天界を立ち去る俺を、女神様が引き止めた。まだ何かあるのかと足を止めて振り返る。湧き立つ雲が流されて露わになった光景に、俺とミアは目を奪われた。


 そこにあったのは饅頭とペナント、キーホルダーに何故か木刀、どれもこれも『天界』のロゴ入りである。


『天界土産は買っていかないのですか? 冒険者は皆、買って帰りますよ』

「……センス古すぎだろ。場末の温泉街じゃないんだから」

「その木刀、世界樹で作ったのかにゃん!?」

『いいえ、そこら辺の木です』


 ガラクタじゃねぇか! こんなものを冒険者たちは、ありがたがって買っているのか!

「じゃあ、いらない。俺は帰る」

「お腹空いたから、お饅頭くださいにゃん」

 ミアはポケットから小遣いを出し、饅頭代を天使に渡した。ゴツい字で『天界饅頭』と書かれた包みから、硫黄の匂いが漂って来そうだ。


 温泉だったら、冥界にあったぞ。あっちは観光地化しないんだな。

 そりゃあ、そうか。ニーズヘッグが『らっしゃいらっしゃい』と客寄せしていたら、かなり変だ。

 まぁ、現状の天界もかなり変だが、女神様の仕業であれば納得出来る。


 ミアはさっそく饅頭の包みを剥ぎ取って、階段を降りながらヒョイパクと食べた。

「おいひいにゃ!」

「そうか、それはよかったな。ルチアの分も取っておいて……いや、天界のものは毒になるか?」

 届かない忠告を無視して、ミアはふたつめの饅頭を食べるとハタと気がつき

「あたし、女神様の天丼が食べたかったんだにゃ! フギャ─────!!」

と、階段で爪を研いだ。


『こ、こら! 爪を研ぐんじゃありません! 階段がボロボロじゃないのよ! やめなさ───い!』

 見事に天丼を成し遂げたミアは、女神様から天丼をゲットした。

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