第3話・おお死んでしまうとは情けない

 とりあえず復活しなければ、そうだ俺には最強にして最高の魔法やアイテムがあるじゃないか。

「リバース! リバース!」

「死んでいたら、魔法は使えないにゃ」

「いでよ、エリクサー! エリクサァァァ!」

「アイテムも出せないにゃ」

「じゃあ、どうすればいいんだよ!」

「怒らないで欲しいにゃあ……。今からみんながあたしを復活させるから、見るといいにゃ」


 勇者の後ろを背後霊のようについて行き、辿り着いたのは人気ひとけのない裏通りの薬屋だった。棺桶を店先に置いて中に入った三人が、しばらくしてから薬瓶を掴んで店を出る。

 棺桶のふたを開けると、安らかに眠るミアの口に瓶の薬を流し込んだ。

「魂が帰るべき肉体に復活の薬を飲ませて──

 ミアの幽霊が息吹を受けて浮かび上がり、神々しい黄金の光を放つと

 ──獣人ミア、復活だにゃ!」


 棺桶から元気よく飛び上がり、招き猫みたいなポーズをしてウインクすると、パーティーの仲間たちがミアを囲んで詫びを入れ、その復活を喜んだ。

「すまなかった、ミア。魔女を倒せるよう、もっと強くならなければ」

「ブレイドさん、いつもすぐ死んじゃってゴメンにゃさい」

「守れなくて、ごめんね。私も新たな回復魔法を覚えないと」

「ううん、あたしが無謀だったにゃあ。あたしの【速さ】で早く逃げればよかったにゃあ」

「ともかく生き返ったんだ。さぁ、英気を養って返り討ちといこうぜ!」

「おにゃか空いたにゃあ! レスリーさんおすすめのまんまは何かにゃあ?」


 わいわいとミアを撫でくり回すパーティーに俺も加わりたかったが、誰も俺の存在に気づかず、ミアの頭を撫でてみてもスカッスカッと通り抜けてしまっていた。

 ずりぃ、俺ももふもふしてぇ……。


 それを悟ったのか、それとも思い出したのか、ミアはあたりを見回した。その視線は、何度も俺を通り過ぎる。

「いなくなっちゃったにゃ……」

「誰かいたのか? 知り合いか?」

 ブレイドが不思議そうな顔で見下ろすと、ミアはぴょんぴょん跳ねて俺の存在を訴えはじめた。

「すっっっっっごい強い冒険者がいたんだにゃ! 仲間になるって言ってくれたにゃ! さっきまでお話していたんだにゃ!」


 三人はポカンとした顔を見合わせた。薬屋の中にも前にも、そんな奴はいないじゃないかと。

「います! います! 最強の冒険者が、ここにいます、ここにいまーす、ここにいますよー、気づいてくださーい」

と、アピールしても通じない。勇者も僧侶も拳闘士も、ミアでさえも気づいてくれない。


「そのお方とは、いつどこでお会いしたの?」

 ホーリーが身を屈めて、優しく尋ねた。ミアはキョロキョロして、困ってしまってニャンニャンニャニャンとなっている。

「死んでるとき……すぐそこで」

 ミアが消え入りそうに呟くと、レスリーが懐疑的に眉をひそめた。おい、あんまりいじめるな。

「死んでるときって、それじゃあそいつも」

「死んでるにゃ」

「死んでるんじゃあ、弱いんじゃないか?」

「弱くねぇよ、チートだよ! 俺は、はじめから死んでるんだよ!」


 俺の叫びは届くことなく、会話はパーティーの間で続いていく。どうにかしたいと困り顔のホーリーが、首を傾げてミアに尋ねる。

「それでその、身体はどこにあるのかしら?」

「わからないにゃあ。幽霊しか見ていないにゃ」

「俺にもわからん、はじめから死んでいたから」

 そしてみんなが「ふむぅ」とため息をついた。わからないのは俺と、よく死ぬミアだけだ。


「あのね、回復させた肉体に離れた魂を戻すのが復活なの」

「そうだぞ。だから真っ二つになっても黒焦げになっても、ミアを復活させられたんだ」

「帰る身体がねぇとなると……最強の冒険者でも復活させることは出来ねえ。そういうわけだ」

 マジか……。はじめから死んでる俺は、身体がないから復活させられない、そういうことか。

 目的が決まる前から、俺の目的がなくなった。

 愕然とした、絶望した、詰んだ、オワタ。


 でも、ブレイドは諦めなかった。腕組みをしてしばらく考え、俺以外のみんなに向かって力強い声を発した。

「死んだのなら、生きていた。理由があって、魂が身体から遠く離れてしまったんだ」

「そうか、最強の冒険者の亡骸が、今もどこかで眠っているかも知れないんだ」

「亡骸を見つければ、復活させられるにゃ!」

 さっそく探しに行こうぜ、とパーティーは死体探しに盛り上がった。こんなにテンションの高い死体探し、古い映画でも見たことがない。


「お願いします、俺の死体を見つけてください、勇者様」

 俺は心から強く祈った。このパーティーだけが頼りだ、新たな冒険が上手くいくよう、ひたすら祈った。

「ミア、何かヒントはないのか? 例えばどこで死んだとか、何にやられたとか」

「通学中のバスです、トレーラーとバスに轢かれました」

 そんなもの異世界にない、だからヒントになるはずもない。そしてやっぱり俺の声は届かない。


 するとミアが自暴自棄になり

「あたし、もう一度死ぬにゃあ! そうすれば、またお話が出来るにゃあ!」

「「「やめろやめろ!!」」」

 ブレイドとレスリー、無駄と知っていながら俺も止めに加わった。振り回しているもふもふの腕を、俺だけがまったく掴めない。


 ひとり冷静なホーリーが手を組み、祈るような格好をした。いや、僧侶なんだから格好だけじゃない、本当に祈りを捧げようとしているんだ。

「こうなれば、頼りはひとつです。教会に行き、神に行方を問いましょう」

「結局、神頼みか……」

 そうため息をついたのは、俺だけだった。

 みんな、真面目に信仰しているんだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る