第2話・ステータスオープン!

 霧が晴れるように光が消えると、ヨーロッパ風の町に出た。白い土壁、スレート屋根、木枠窓、敷き詰められた石畳。行ったことはないけれど、どこの国ともつかない建物だ。


 それで、ここは噴水広場。行き交う町の人々は牧歌的な服を着ている西洋人、だけじゃない!

 尻尾が生えた獣耳けもみみ女、全身もふもふの獣人男、翼を背負った翼人もいる。

 これは紛れもなく異世界だ、俺は本当に異世界転生したのだと、頬をつねって確かめたくなってしまった。


 待て待て、それより先にステータスオープンだ。何せあの、おっちょこちょいの女神様が転生させたんだ、まだ全面的に信用してはいけない。

 さて、どうやってやるんだろう。辺りを見回し小っ恥ずかしさを我慢して、ええいダメで元々

「ス、ステータス、オープン」

と、こっそり呟く。


 すると金細工で縁取られた青いガラス板が眼下に浮かび、数字とゲージが表示された。ゼロからはじまった数値はみるみる上がり、数字は全部9並びでゲージは限界で頭打ち、最終的には


【名前】 ユーキ・レイジィ

【種族】 人間

【職業】 冒険者

【レベル】9999

【攻撃】99999

【防御】99999

【魔力】99999

【速さ】99999


 装備も魔法もアイテムも最強にして最高のものばかり。これはチートだ、紛れもなくチートだ。

 バランスを取る運命なんて軽々と跳ね除ける、恐れるものは何もない。

 ありがとう女神様、疑ってすみませんでした。


 さて、と。一体、何をやろう。


 チート能力で無双して世界を救うヒーローか。

 誰も敵わない能力を傘にしてスローライフか。

 現代知識を使い、世界を発展させるのもいい。

 何をするにも、まずは情報収集だ。この世界の人々に何が足りないのか、何を欲しているのかがわからなければ、俺の方針が決められない。

 人の良さそうなおじさんに、ちょっと声をかけてみよう。まずは町の名前からかな。


「あのー、ちょっとすみません」


 無視された。

 人見知りの町なのか、知らない人を避けているのか、声も姿も認識している様子はない。

 それから何人に声をかけても、誰ひとりとして反応をしてくれない。

 町のど真ん中にいるっていうのに、ひとりぼっちの気分じゃないか……。


 そのときだ、何かを引きずる音がして町の注目が集まった。誰も彼もが痛ましく顔を歪めて、涙を流すものさえいる。

「何ということだ……」

「魔女め、何たることを」

「勇者様にも敵わないのか」

 勇者が率いるパーティーは女の僧侶と拳闘士、そして棺桶があとに続いた。どうやらパーティーのひとりが魔女にやられて死んだらしい。それが証拠に、メス猫獣人の幽霊が背中を丸めてついていってる。


 勇者にだって敵わない、だと!? それこそ俺の出番じゃないか。チート能力を発揮して悪い魔女をやっつけてやる。

 よし、俺の方針が決まったぞ。猫の手ではなくチートの手を貸してやろう。


「なぁ、勇者さん。俺をパーティーに加えてくれよ。チートだから絶対、役に立つぜ」


 無視された……。

 何だよ!? 勇者の立場が危うくなるからシカトかよ!? 役に立つって言っているだろう!?

「おい、勇者! 聞いてんのかよ! なぁ、僧侶さん! 拳闘士さぁん!」

 勇者たちは俺とまったく関係なく、先の戦いを振り返っていた。


「俺が早計だった、すまない。ミアを犠牲にしてしまうとは」

「ブレイド、あなたのせいではないわ。私が復活魔法を使えるだけ魔力を残さなかったから……」

「ホーリー、お前は魔女を相手に善戦した」

「レスリー……ありがとう」

 と、ほうほうのていになりながら、三人それぞれ相手をおもんばかっている。当然、その間も俺はずっと無視され続けている。


 しかし、俺に反応を見せたものがあった。

「みんな、ごめんにゃさあああああい!」

と泣いていたメス猫獣人、ミアの幽霊だ。さっきまでが嘘のようにケロリとして、俺を不思議そうに見つめている。

「ところで君、チートって何だにゃ?」

 幽霊でもいい、会話が成立するならば。チート能力を見せつけるため、俺はステータスを開く。

「これがチート能力だ。女神様から貰ったんだ」

「うわぁ、凄いにゃ! 9ばっかりだにゃあ!」


 ミアは吊り目を丸くし尻尾を振ってステータスを覗き込むと、次第にシュンと目を伏せて尻尾をだらりと垂らしてしまった。

「君がパーティーに入ったら、すぐ死ぬあたしはクビだにゃあ……」

 そう言って開いたステータスは、可哀相なほど低かった。武器は爪、速さを優先して軽装、魔力はない。レベルから彼女の努力が垣間見えるが、他の数値が伴っていない。


 弱いから捨て猫だなんて、あんまりだ。ここはゲームじゃなくって、ちゃんとした異世界なんだから。俺は発破をかけるためミアの肩を叩いた。

「パーティーに俺が加われても、ミアをクビにはさせないよ。俺と一緒に強くなろうぜ!」

 任せろチートなんだから、そう力を込めた手と言葉からミアは勇気を取り戻し、浮かぶ涙を拭い去ってうなずいた。

「うん、一緒に頑張るにゃ! だから君も、早く復活するといいにゃ!」


 ……復活? こいつ、何を言っている。事故に遭ったのは前世で、今の俺は異世界でチート転生した……。

 いや、ちょっと待て! 俺、何でミアの幽霊に触れているんだ!?

「えっ? ちょっ……マジでわけわかんねぇ! 俺ってどうなってんの!?」

 テンパりパニクりキョドる俺に、ミアは淡々とその答えを教えてくれた。

「だって君、死んでるにゃあ」

「はぁ!? マジかよ、ステータスオープン!」


【体力】 0

【状態】 死亡


 確かに俺は、死んでる。

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