女神様、大切なものをお忘れです 〜チートスキルが使えない!? 流され僕の異世界転「死」
山口 実徳
第1話・最悪の死のあとには最良の人生を
真面目で大人しく目立たない生徒でした、って聞くと実はヤバい奴だったとか、いつか何かやるんじゃないかと思っていたとか、そんな二の句が続きそうだけど、俺に限っては絶対にありえないと断言出来た。
何故なら俺の運命は、良くも悪くも
悪いことのあとには、いいことが起きる。いいことが起きると、悪いことが待っている。わずか20年の人生だけど、今までの経験で悟ったんだ。
テストでいい点を取ったらバスケで点を取られまくるし、お菓子で当たりが出たら晩ごはんの鯖に当たるし、好きな漫画がアニメになったら好きな女の子にフラれるし……。
犯罪や事件なんか起こしてみろ。法律で決められた罰のほか、SNSやマスコミに面白おかしく晒される社会的制裁が手ぐすね引いて待ち受けている。だから俺は、絶対に法を犯さない。
だから大学は背伸びをせず、そこそこの偏差値を選んでいた。サークルも花形でも地味でもないけど個性を埋没させられるところを選んで、ただ通っているだけだった。就職活動では派手な大手やベンチャーではなく、安定だけが取り柄の公務員か中堅企業の事務を狙うつもりだ。
つまらない人生だ、まだ若いのにもったいないと思うだろう。実際、親戚からよく言われるし、親はとっくに諦めている。
でも、いいんだ。いいことがあったあとにビクビクするのは、まっぴらごめんだ。だからって、いいことのために悪いことを待っているなんて、バカなことが出来るはずもない。
ところが、ところが、だ。
大学行きのバスに乗り、真ん中あたりに座っていたら、交差点で
「に、逃げろ! 逃げろ─────!!」
横を見ると、大型トレーラーがもの凄い速さで突っ込んできた。ブレーキを一切かけることなくバスの横っ腹にぶつかって、その衝撃で俺は窓を破って、道路へ投げ出されてしまった。
そんな目に遭ったのは、乗客の中で俺だけだ。最悪だけど最良のことが待っている、だから奇跡的に助かるという淡い希望は次の瞬間、打ち砕かれた。
勢いを失わないまま、トレーラーが俺めがけて突進してきた。その後ろからひしゃげたバスが、独楽みたいにギュルギュルとスピンしながら追いかける。その進路を見て、俺は死を確信した。
うわぁ……タイヤが真正面じゃん……最悪だ。
走馬灯を見る間もなくタイヤが視界いっぱいに広がって、それから俺の意識は途切れる──
……はずだった。
俺の意識は途切れることなく、タイヤよりも目を閉じるよりも黒い、真っ暗闇に包まれていた。
ここはどこ……? 俺の名前は……
まばゆいばかりの光が差して、俺の視線は引き寄せられた。まともにまぶたを開けられず、手をかざさずにはいられないが、どういうわけだか目を背けることが出来ずにいる。
そして、女の声がした。
『あー、あー。テステス』
鮮明に聞こえた謎? の言葉は、次第にエコーがかかっていった。
……何だコレ、
と、眉をひそめていると声の主が姿を見せた。
金の刺繍と色とりどりの宝石で装飾された、古代ギリシアの彫像みたいな服をまとう金髪美女が、光の中に浮かび上がった。神々しい微笑み、透き通るような白い肌、ウェーブがかかった柔らかな髪、白鳥のような汚れなき翼、そのどれもが輝いている。
ひと目でわかった、女神様に違いない。
と同時に、こんな美人とお近づきになる幸運を得たら、次にはどんな不幸が待っているのか、と身構えた。
あ、いやいや。俺よりひどい死に方をした人はいるだろうけど、それでもあんなひどい死に方をしたんだ、それくらいで罰が当たるはずがない。そもそも神様なんだから、俺なんかとそんな仲になるはずもない。
そうぐるぐる考えていると、女神様は俺を見つめて慈しむように笑みをたたえた。
『
女神様は眉を寄せて横を向き、すぐそばの闇の中へと手を伸ばし、何かを確かめうなずいた。
『憐れなるユーキ・レイジよ。貴方は人生の喜びを知らぬまま短い生涯を閉じるなど、何より代えがたい悲しみではありませんか?』
その言葉より、神々しさや麗しさより、女神様がチラチラと闇の中へと目をやっているのが気になった。ひょっとして、あそこにアンチョコでもあるんだろうか。
『悲喜こもごもあってこその人生です。壮絶な死を遂げた貴方には、最上の人生を贈って差し上げましょう』
ほら! やっぱり、悪いことが起きると、必ずいいことが待っているんだ! 俺は最悪な死に方をしたから、これからの人生は薔薇色だ!
……って、俺は死んでいるんだよな? ということは、もしかして……。
「その最上の人生って、どこで送るんですか?」
『貴方に相応しい、新たなる世界です。貴方が何より恐れたものと無縁になるよう、最強の能力と最上級の装備も授けましょう』
やったぜ! 異世界にチート転生だ!
こんなことって、本当にあるんだ。何を怖がることもなく何でも出来るんだ、ナーロッパみたいな世界で俺は、何をして過ごそうか。魔王を倒すか、現代文明を持ち込むか、とにかく夢が膨らむ一方だ。
しかし、おっちょこちょいの女神様を全面的に信じていいのか、一抹の不安を感じずにはいられない。
『何か尋ねたいことはありますか?』
と、女神様が言ったので
「あのー、さっき言ってた『テステス』って何ですか?」
と返したら、俺はふわりと浮かび上がって真っ白な光に包まれた。
逃げたな、女神様。
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