第4話・お名前とご要件をお聞かせください

 ホーリーの導きで教会に入ると十字架でもなくキリストでもなく、身体の復活をすっかり忘れたおっちょこちょいの女神様が、石像になって祭壇にあがめられていた。

「あんたかよ……」

と、失礼なことを言っても聞こえないから、敬虔けいけんな信者たちは怒らない。


 ホーリーが祭壇の前にひざまずき、ブレイドもレスリーも同じようにする。ミアは慌てて、形だけを真似ている。

 言いたいことがある俺は、彼らに続く気がしなかった。だから、ただ立っている。

 ホーリーが目を伏せ手を組み、祈りを捧げた。


「女神様。最強の冒険者が身体を失い、彷徨さまよっておいでです。魂の帰るべき場所を教えてくださいますでしょうか」

『女神は祈りの届かない場所にいるか、お布施が入っていないため、現れることが出来ません』


 ふざけていやがる! 一体どこでそんな台詞を覚えたんだ! 留守番お祈りくらい入れておけ!


「聞こえてるじゃねぇか! おい、女神! 俺の身体はどこなんだ!」

「おい、お布施だ。お布施がいるらしいぞ」

 ブレイドが金をせびり、レスリーが急かして、ホーリーが慌てて財布を出した。ミアはワタワタしているだけである。

「出さなくていい、出さなくていいって、いいって言ってる……あーあぁ……」

と、俺が言うも聞かず聞こえておらず、お布施を祭壇に置いてしまった。


 本当に納めると思っていなかったのは、俺だけではない。微動だにしない石像の女神様が、質問に答えなければいけないのかと狼狽している。

 そこへホーリーが、祈りという名の純真な追い打ちをかけていく。

「女神様……。世界を救うため、最強の冒険者の復活を心より望んでおります。失われた身体は、どこで眠っているのでしょう」

 困り果てた女神様は、チラリと俺の方を見た。残念だな、復活したいのは俺自身もだ。早く身体の場所を教えてくれよ、女神様。


 すぅっと息を吸い込んで、意を決した女神様はスクリーンみたいなものを宙に浮かべた。

『……よいでしょう。これが最強の冒険者の身体です、心してご覧なさい』

 なぁんだ、あるんじゃないか。それじゃあ勇者たちに着いていって、復活の魔法なり薬なりを俺の身体に注ぎ込んでもらえば、このふよふよしている魂が新しい身体よ! に入り込んで……


 って、これ通学バスの車内じゃないか。映っているのは生前の俺、しかもあの日の服装で、例の交差点に差し掛かるところ、ということは……。

「おい、やめろ。何やってんだ、だってそのあとは、マジかよ正気か、やめろってば、そんなもの見せんなよ、そんなの見せんなって、やめろよ! やめろって言ってんだろう!? お前マジかよ!? やめろっての! だからやめろって


 〜 しばらくお待ちください 〜





















「何とむごい……」

「こりゃあひでえ……」

「っ! ……ごめんなさい!」

 あの日あのときの俺を見て、ブレイドは青ざめレスリーは口元を手で押さえ、ホーリーは教会を飛び出しミアはその場で卒倒した。


『このとおり、最強の冒険者ユーキ・レイジィは不幸にも粉砕されてしまったのです』

 神妙な面持ちで語っているが、何ていうものを見せてくれるんだ、このポンコツ女神は。しかもスペクタクルを体感できる大スクリーンで、臨場感満載のスプラッタを映し出すとは、サイコパスなのかアホなのか。


 ブレイドが気を取り直し、正義の炎を胸の奥に燃え上がらせて、女神様に問いかけた。

「最強の冒険者を倒したこいつらは、何者だ」

 何ひとつ動かない石像の女神様は、チラリと俺に目配せをした。俺を轢いたあれは何かと尋ねているようだ。

「バスとトレーラーです」

『バ……バストレイラーです』

「バハムート・レイラー、それがラスボスの名前なのか」


 違う、絶対に違う。ちゃんと聞けよ、女神様に勇者様。伝言ゲームじゃないんだから、変なふうに解釈しないでくれ。

 そんなことより、俺が欲しいのは轢かれた身体なんかじゃなくって、新しい身体だ。そうでなければ、異世界チート転生にならないじゃないか。


「女神様。こっちの世界の、俺の身体はどこなんですか」

 女神様はそっぽを向こうとしていたが、石像だから俺が浴びせる視線からは逃げられなかった。噛めない唇を噛み締めて『ううー……』と唸り、ブレイドとレスリーに余計な心配をかけた末に、下がらない頭を下げた。

『入るべき身体は、予約が埋まっておりました。貴方を入れる身体は、空いていません』


 と、そこへホーリーが戻ってきて、真っ青な顔がみるみる真っ赤に染まっていった。

「ブレイド!? レスリー!? 入るとか入れるとか、女神様に何て破廉恥なことをお願いしたの!?」

「ちょっと待て、ホーリー。何を勘違いしているんだ!?」

「誤解だ、俺たちはラスボスの名前を聞かされただけだ」

 年頃の娘でありながら抑圧された聖職者であるホーリーは、暴走する妄想を大爆発させていた。キイキイ怒る華奢な娘に、屈強な男ふたりが狼狽えている。


 そんなことは、どうでもいい。異世界転生だけ決めて、魂が入る身体を確保出来なかった、そういうことか!?

「それじゃあ、俺は死んだままかよ!? 帰る身体がないのかよ!?」

『あ、すみません、祈る気持ちが遠いのですが、もしもーし、もしもーし、もし』


 一方的に切りやがった。

 異世界転して愕然とする俺、ペコペコと弁明するブレイドとレスリー、こんなスケベと旅したくないと騒ぐホーリー、そしてまだ気絶しているミア。

 どうしてくれるんだ、この状況。

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