第5話・新しい扉が今、開く

 ブレイドたちのパーティーは、食事をしながら俺の復活を模索していた。女神様が俺の身体を忘れたことは、ホーリーの横槍が入ったせいで理解出来ていないらしい。

「女神様が言っていたユーキ・レイジィは、バハムート・レイラーに倒されたんだ。亡骸も、そのすぐそばにあるんじゃないか?」

「ラスボスまで行かなきゃならねぇってことか」


 このように、話をしているのはブレイドとレスリーのふたりだけだ。難しい話はわからない、とミアはひたすら食っている。そしてホーリーは

「……同じ席は、そんなに嫌か?」

 三人とは離れた席で、ツンとしてひとりで食事を摂っていた。聖職者として思春期を過ごして、すっかりこじらせてしまっている。


 それで、俺は彼らのそばで立っているだけだ。死んでいるから腹は減らないし、そもそも食い物を掴めない。

 今、頼りになるのは俺の存在を認知して、復活を祈ってくれるこのパーティーだけなんだ。帰る身体はないけれど、一緒に旅をしていれば何らかの手立てが見つかるかも知れない。

 しかし、食い物を前に食べられず、食欲もないのはつまらないな……。


「ラスボス戦に挑むときに、最強の冒険者を復活させられたら最高だな」

 そう言いながらレスリーは、威勢よくマンガ肉にかじりついた。いいなぁ、美味そう、でも何の肉なんだろう。


「必ず復活させられるとは限らない。それに魔女を倒さなければ、俺たちのレベルが足りないぞ」

 そう言いながらブレイドは、全員のステータスを開いてみせた。やっぱり努力は感じられるが、まだまだといった状況だ。

 ホーリーは不貞腐れたままスープを飲み、ミアはウニャウニャ言いながら魚を食っている。


 すると突然、先に食事を終えていたブレイドが立ち上がり

「やはり魔女を倒さなければ。あの森にもう一度行くぞ!」

と店を飛び出したので

「おい、そう慌てるなって!」

と、マンガ肉を食いながらレスリーが続き

「まだ食べてるにゃあ〜」

と、お魚くわえたミアが追っかけて

「ちょっと、お会計……」

と、ホーリーが慌てて財布を開いた。


 何だろう、勝てる気がまるでしない。


 俺もパーティーについていったが、ホーリーは数歩離れて男たちはケダモノだ、と言わんばかりに睨みを効かせて歩いている。

 はぐれてしまってはいけないと思い、その間を歩いているが、突き抜けるホーリーの視線がとにかく痛い。


 その懸念は誰もが抱えているもので、我慢出来なくなったミアが足を止めて振り返った。

「ホーリーさん、迷子になっちゃうにゃあ。森で迷子になったら大変だにゃあ」

「それじゃあ、私と一緒に歩きましょう。あんな破廉恥な男たちと並んで歩くことはないわ」


 これに怒ったレスリーが俺に向かって突進してきた。仁王のような憤怒の形相、血管が浮き出た大胸筋、要するにガチムチ男が迫りくる。

「うわ、うわぁ、うわあああ! やめろ! 来るなあああ!」

 一瞬だけ厚い胸板に抱きしめられて、俺を通り抜けてホーリーに詰め寄る。マッチョな男に迫られて、すり抜けられてビビってしまった。


「ホーリー、いい加減にしろ。俺は女神様もミアもホーリーだって、そんな目で見たことがない」

「それはそれで失礼な上、センシティブだ」

と言ったのは、この俺だ。何を言っても聞こえないから、どんなことだって言えてしまう。

 しまった、陰湿な楽しみが出来てしまった。


「何よ何よ! あなたなんかこっちから願い下げだわ!」

「聖職者にも、そのような願望が!?」

と言ってみたのは、やはり俺だ。これはいかん、どんどん下衆になっていく。


「そんな目って、どんな目だにゃあ?」

「「ミアは知らなくていい!!」」

と言ったのは、レスリーとホーリーだ。なんだ、息ピッタリじゃないか。

 それと俺より先に口を開いてくれて助かった。思いついたまま言葉を放てば、人間として最低なことを言っていたに違いない。


「争うのは、もうやめろ! 俺たちは志を同じくした仲間じゃないか!」

と一喝したのはブレイドだ。さすが勇者、チートの俺が加われてもリーダーの座は譲ってやろう、何だか面倒臭そうだし。


 そう思ったのもつかの間、ブレイドがふたりのほうへと向かってきた。それはつまり、間にいる俺を通り抜けるということだ。

「おい、来るな、俺とお前は身長が」

 一瞬だけ口づけを交わし、ブレイドは俺をすり抜けた。変なことを言った報いだ。チートでも、いいことのあとには悪いことが待っている。

 そしてどうしてミアは、こっちに来ない。俺に新しい扉が開いたら、どう責任を取ってくれる。


 激しく動揺する俺をよそに、ブレイドはふたりのいさかいを止めた。チート能力があったとしても、こういう面倒ごとを解決する能力は、俺にない。

「やっぱり、勇者がリーダーを務めるべきだよ。このパーティーの面倒ごとは、任せたぞ」

 そう言いながら、俺はブレイドの肩を叩いた。触れられないから、肩を叩く格好をしただけなんだけど。


「みんなで力を合わせて、バハムート・レイラーを倒そうぜ! 俺たちの目的は、この世界に平和をもたらすことじゃないか!」

「よく言った! バハムート・レイラーなんて、本当にいるのか知らんけど」

 勇者ブレイドに拍手喝采、いくら手を叩いても音は鳴らない。


「そうにゃ! みんな一緒に旅をするのが楽しいぎにゃあああああ!!」

 ミアが断末魔の叫びを上げて天を仰ぐと、力を失い突っ伏した。身体からスーッと抜けて幽霊になったミアは、今にも泣きそうなほどしょぼくれている。


 パーティーメンバーに緊張が走る。ミアの亡骸の向こう側、暗く深い森の奥から漆黒のとんがり帽子にワンピース、長い黒髪に赤眼の少女がゆっくりと草を踏み鳴らして近づいてきた。

「また来たの? まったく、懲りない人ねぇ」


[魔女ルチアがあらわれた]


「びええええん! また即死しちゃったにゃあああああ!」

 幽霊のミアは、自責の念に押し潰されて緊張感なく泣いていた。

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