第51話・シブヤ系アサラッシュ
薬屋だと聞いていた場所に行ってみると、そこには『冒険者ギルド代理店』の看板が、でっかく掲げられている。道を間違えたのかと思ったが、さっきの親父がカウンターにいるから、ここは間違いなく薬屋だ。
保険は薬よりも儲かるのか、ていうかこの世界の冒険者って、そんなにたくさんいるのか。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルド代理店へ、ようこそ。こちらの店舗では保険のほか、レベル上げのためのミッションツアーもご用意してございます。こちらは洞窟探検ゴブリン退治ツアーで、こちらは森林浴も楽しめるオーク退治ツアーです。ご一緒に保険加入されるとプレミアとして──」
「だから、あたしは回復薬が欲しいにゃ」
薬屋は、回復薬を渋々売った。もっと本業にやる気を出せよ。
さて、回復薬を飲もうとしたが、犬の身体では薬の小瓶をどう煽ればいいのか、わからない。
するとミアが俺の口に猫手を突っ込み、無理くり開けた。
「アガアガアガアガアガアガ(おひ、
「お薬を飲ませてあげるにゃん、我慢してにゃん」
変な味が口から舌へと滑り落ち、のどから食道、胃袋にまで一気に流れ込んだ。溺れてしまいそうな不快感に、たまらず身体をよじってしまった。
「こら、レイジィ、大人しくするにゃ」
「ガハッガハッガハッ(ガハッガハッガハッ)」
自分の意思で飲まないと、拷問みたいな感じじゃないか。動物に薬を飲ませるときに使う手で、こうしなければ飲んでくれないのは理解する。が、もう少し優しくしてほしい。お陰で頭がくらくらするし目が回るしで、正直しんどい。
いいや、薬のせいじゃない。目が回るのは、アサラッシュの魂が身体に帰ってきたからだ。
その証拠に、俺の意志に反して俺が鳴いた。
「(我を蘇らせし者、貴様は誰だ)ワン!」
すげぇ喋り方だ。アサラッシュって、高貴で誇り高い犬だったのか。
「(俺はユーキ・レイジィ、こことは違う世界から転死した幽霊だ。色々あって、アサラッシュの身体を借りていた)ワン、ワン!」
アサラッシュは、遠い空を見つめた。身体は共有しているから、俺も同じ景色を見つめている。
「(その身体は貴様にくれてやる。我は、主のもとへ行きたいのだ)ワフッ、ワフッ」
いや、それは困る。そうしたら俺は、死ぬまで犬じゃないか。世界樹に行けないし、チートスキルは活かせないし、寿命を全うしたところで第一志望の人間に生まれ変わるか、わからない。
だいたいここは輪廻転生する世界なのか。あったとしても、それを担うのは女神様だ。淡い期待さえ抱けない。
アサラッシュを説得しなければ、そう思った俺は必死に吠えた。
「(アサラッシュ、君の飼い主が天使になったのは知っているか)ワンワン! ワン!」
「(そうだったか、あの天使は我が主を迎えに訪れたのか)ワン! ワンワン!」
「(だから、彼は天界で幸せに過ごしている、安心してくれ。そこでアサラッシュは、どう在りたい? 生き返らず天界へ昇るか、生き返って彼を弔うか)ワン! ウ〜ワン! ワンワン! ワンワンワン! ワン! ワンワン!」
気づくと、ミアが道行く人にペコペコしていた。
「うるせぇ! 犬を黙らせろ!」
「ごめんにゃさい、ごめんにゃさい」
しまった、俺とアサラッシュの対話で、通常の倍以上吠えている。
しかしアサラッシュは気にすることなく、唸りを上げて苦悩した。
「ヴヴ─────ガルルルル……ヴヴヴ─────(どちらが我が願いなのか、どちらが主に喜ばれるのか、どちらが我らに相応しいのか……)」
「ヒィッ! 噛まれる!」
「ごめんにゃさい、ごめんにゃさい。みんな怖がるから、あっちに行くにゃ」
「ワン! ワン!(すまない、ミア。行き先は俺に任せてくれないか)」
ミアが促し、俺がアサラッシュを連れた先は少年の墓だった。
「(おお、我が主よ……)クゥ〜ン、クゥ〜ン」
「(アサラッシュ、俺がもといた世界の話を聞いてくれ。務めから帰る飼い主を、港のようなところで毎日お迎えした犬がいたんだ。その飼い主が事故で亡くなって、文字どおり帰らぬ人になってからも、その犬はお迎えを欠かさず毎日した。自らの生命が尽きるまで……)ワフ……」
アサラッシュは、俺の話を噛みしめるように聞き入った。少年の墓標を見つめて、目を細めている。
「(今、天界に昇り天使となった彼と会うか、残る生命を主に捧げて、彼との絆を人々の記憶に留めるか、アサラッシュはどちらを選ぶ)ウゥ〜ワン!」
「(わかった、再び得た生命を我が主に捧げよう。しかし、お主はそれでよいのか)ワン! ワン!」
「(俺のことは気にするな。アサラッシュの幸せが俺の幸せなんだ)キャン! キャン!」
「アオォォォ───────────────ン!(ありがとう、お主の幸運を祈ろう)」
アサラッシュが感謝を遠吠えに表すと、俺は再び幽霊へと戻った。墓標に身を寄せる様子から、俺が身体から抜く出たのだと、ミアは察した。
「あーあ、レイジィとお喋り出来なくなっちゃったにゃあ」
「それじゃあ、また私の出番ね?」
物陰からルチアがひょっこり現れた。【アイドルのドレス】ではなく黒衣を身にまとっている。
「ルチア! そんな格好をしたら、魔女だってバレるんじゃないか?」
「帽子がなければ、喪服に見えるでしょう? それに、私もあの子を
「そうにゃ、ちゃんとお別れするにゃ!」
アサラッシュが寄り添う少年の墓標に、俺たちは揃って手を合わせた。どうか安らかに眠ってくれ、天界では幸せでいてくれ、と。
「あとは、アサラッシュの新しい飼い主ね?」
「お葬式にたくさん来てくれたにゃ、お世話したい人はきっといるにゃ!」
「彼の生涯を本にするって言っていた金持ちなんかは、どうだろう? 彼に詫びるつもりで世話をしてもらうんだ。アサラッシュの後日談も、物語になるだろう」
「それがいいわ! 町の人を通せば、アサラッシュが嫌な目に遭わないか、見張ってくれるはずね」
俺が何と提案したかをミアが尋ねた。とりあえず宿屋を介そうと、ルチアが歩きながら説明をした。
俺にとって、懐かしい光景が帰ってきた。
次こそは懐かしむだけにしなければ、と俺は決意を改めた。
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