第50話・薬屋のひどいこと
少年の葬儀は、町を上げて執り行われた。教会は献花する人で行列し、すすり泣きが止まなかった。
生前、彼をこき使った金持ちは責められるより先に深く深く反省し、自戒を込めて私財をなげうち彼の生涯を本にする、その売上は恵まれない子供たちのために使うと誓った。
愛犬アサラッシュに憑依している俺は、遺族代表として棺の前でお座りをした。そばには今の飼い主という
訪れないのは、生きながらにして地獄に堕ちた彼の憧れルデウスと、魔族という立場から教会に立ち入れないルチアだけだ。
「弔事、遺族代表、アサラッシュ」
「ワンワン! ワン!(ワンワン! ワン!)」
彼のことは亡くなる直前しか知らないから、普通に犬として鳴いてしまった。すまん、少年。
そして出棺のときが来た。
男たちが棺を担ぎ、沈痛な表情で墓場に向かう。俺とミアがあとに続き、僧侶と縁あった町の人々が粛々とついていった。
掘られた穴に沈められる棺を見つめて、彼に憑依していたら、と訪れなかった今を思う。
もし憑依出来ていたなら、天使になる予定はどうなっていたのだろう。
俺が憑依しているアサラッシュは、どうなったのだろう。
そこで、俺は気がついた。
首をもたげて耳を立て、居ても立ってもいられずにミアの周りをぐるぐる回った。
「こら、レイジィ、じゃないにゃ、アサラッシュ、ステイ、ステイ」
不謹慎なバカ犬だと冷たい視線を浴びていたが、もうこうせずにはいられなかった。
「ハッハッハッ(アサラッシュの魂は天界に行っていない、この町を彷徨っているはずだ。回復魔法か回復薬でアサラッシュを復活させれば、俺は幽霊に戻って船に乗れるぞ)」
ミアの耳もピンと立つ。やった、どうやら伝わったらしい。
「そうにゃ! 薬屋さんを探すにゃ! 薬屋さんはいるかにゃあ!?」
参列者から手がおずおず上がる。俺とミアは人垣をかき分けてそちらへ向かうと、肩から鞄を下げた親父が何の用かといった様子で佇んでいた。
「私が薬屋ですが……何かご用でしょうか?」
「お願いにゃ! お薬を売ってほしいにゃ!」
「キャン! キャン!(回復薬を売ってくれ)」
葬儀には似つかわしくないテンションで回復薬を求められ、薬屋はミアのステータスを開いて怪訝な表情を浮かばせた。
「あんた、どこも悪くないじゃないの」
「ワン! ワン!(薬屋が薬売りを渋るのか?)」
「あう……あたし、冒険者なんだにゃ! だから薬がいるんだにゃ!」
「冒険者? ギルドに入っていないのに?」
「あうう……あたし、勇者パーティーをクビなったから、そのときに抜けたにゃ」
幽霊だった俺と魔女のルチアも、もちろん冒険者ギルドに属していない。しかしそれに、何の問題があるというのか。ギルドに属さなければ、冒険してはならないのか。
すると薬屋は、突然の営業スマイル。そして契約書つきのパンフレットを山ほど出した。
「冒険者なら誰もが入る冒険者保険に、ご加入されませんか? 誰でも女神様のご加護が得られます。冒険者積立をはじめれば、いざというときのお金が確保出来ますよ。冒険を終えたあとの生活維持には冒険者年金、次代の冒険者を応援する冒険者投資もございます。突然の怪我や不幸に遭っても安心の、冒険者なら誰もが加わる保障です。如何ですか?」
これだけ営業されて、わかった。冒険者ギルドに入らなくても、保障がないだけで今までどおり冒険は出来る。俺は鼻先でミアの手をツンツンと突っついて
「ワン!(やめとけやめとけ、胡散臭い)」
「いらないにゃ、お薬だけ欲しいにゃ」
「えええええっ!? いいんですか!? ギルドに加入したほうが楽しいイベントも盛り沢山で、色々お得ですよ!?」
薬屋はわざとらしく大げさに驚いてみせた。それが怪しくて仕方ない。MHKといいギルドといい、この世界はそんなのばっかりか。
「あれ? ブレイドさんのパーティーにいたとき、あたしも保険に入っていたのかにゃ?」
「ブレイド様ですね? 獣人の……お名前は?」
「ミアだにゃ」
薬屋が紐でくくったノートを開くと、ステータスのようなポップアップが浮き上がった。薬屋の指示に従ってミアが生年月日を入力すると、かつて加入していた保険が表示された。
「掛け捨て型の傷害保険のみです。傷害認定される以前に亡くなっているので、支払いも未払いもございません」
「ワフッ(死亡保障があったら大金持ちだな)」
「死亡保障はないのかにゃ?」
「ミア様のステータスですと、死亡リスクが高すぎて死亡保障がつけられません」
ギルドお墨付きの死亡率じゃないか。ミアは俺と出会うまで、どれだけ死んでいたんだろうか。
「それで、薬は売ってくれるのかにゃ?」
「売ります売ります、店までお越しください」
ならば葬儀が終わったあとに、と話をして薬屋と別れた。
そうだ、ハイテンションで薬屋を探し、保険営業をかけられていたが、葬儀の真っ只中だった。これはヤバい、参列者の白い目が突き刺さる。
「アサラッシュ、棺に土をかけるにゃん」
「ワン! ワン!(そうだな、ちゃんとお別れしないとな)」
俺たちは慌てて墓へと走り、前足で少年が眠る棺に土をかけた。生前に味わえなかった幸せを、天界で存分に享受してくれ。
そして、本当にごめんなさい。
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