第14話・去る、ゴリラ、幽レイジィ

 巨大ゴリラが胸を叩いて威嚇する。ミアは構えを解いてしまい、両手を広げてノーガード。

「あたしをレイジィのところへ連れていくにゃん」

「やめるんだ、ミア! おい、ゴリラ! ルチアや幽霊の仲間だったら、俺のことが見えるんだろう? ミアは戦う気がないんだ、殺さないでくれ!」


 グルルルル……。


 ミアを倒すか悩んで、ゴリラが唸る。そうだ、無抵抗の相手に手を出すなんて、卑怯な真似をしてはいけないんだ。頼むから戦わず、森へ帰ってくれ。


「それじゃあ、こっちからいくにゃん!」

 ミアは瞬時に構えると、俺を一瞬で通過して巨大ゴリラに襲いかかった。しまった、ミアの【早さ】はトップクラスだ。


 不意をつかれたゴリラはガードが遅れてしまい、気づいたときには胸板に引っ掻き傷がつけられた。


 騙したな! このメス猫め!


 ゴリラがハンマーを大振りし、逃げようとしないミアを力の限りはたき落とした。たったこれだけでミアの【体力】はゴッソリ削られていく。

 激しく地面に叩きつけられ、だらりと横たわっているミアは、じわじわと迫るゴリラに抵抗しようとしていない。


「やめてくれ! ミアは殺されたくて、お前に傷をつけたんだ! 次の一撃で必ず殺せる、もう勝ったも同然だろう!?」

 ゴリラは、ミアしか見ていなかった。邪魔だと俺を払いのけ、気を失いそうになりながら微笑むミアへ、ハンマーを見せつけて迫っていく。


 そのとき、ミアがハッと目を見開いて、傷だらけの身体をゆっくりと起こした。

「レイジィ……そこにいるにゃん?」

 見えないものをゴリラが払いのけたから、ミアの心が大きく揺れた。

 そうだ、俺は止めようとしている。だから、ここから逃げてくれ。逃げて、生き延びてくれ。


 願いを形に、俺はミアの鼻先にまで回り込んで、ゴリラの前に立ち塞がった。

「頼むから、やめてくれ……。ミアも、ゴリラも、無駄な戦いはしないでくれ……」

「そうよ、バカなことはやめなさい」


 涼し気な声が吹き抜けた。

 ルチアだ、ルチアが来てくれた。

「……ルチア、どうして。今まで、どこに……」

「細かい話は、あとあと。それより先にすることがあるでしょ?」


 魔女だ、あたしを二度も殺した魔女だ、とミアは死の絶望と希望に揺れていた。殺してくれたらレイジィに会える、生きていてもレイジィの存在に気づけたのに、と。


 ルチアはツカツカとこちらへ向かうと、ミアを見下ろし平手打ちを喰らわせた。

「あんた、いい加減にしなさいよ! 生き返れるから死んでもいいって、生命はそんなに軽くないの! だいたい、仲間がいないじゃない!? 死んで、どうやって復活する気だったのよ!?」


 ミアは、ふいっと視線を逸らして横からルチアを睨みつけた。

「……あたしを二回も殺した魔女さんに言えることじゃないにゃ……」

「私は、寸止めしたかったの! なのに、あなたがガードもしないで突っ込んでくるから……」

 そうか、戦いのときに悔しそうにしていたのは、ブレイドたちを仕留められなかったからではなく、ミアを殺してしまったから、か。


 ルチアは膝を折り、ミアの頭をふわふわ撫でた。ミアは一瞬ビクッとしたが、その優しさが伝わってふるふると震えだした。

「ごめんね、死ぬのは痛かったよね? もうあなたを殺さないから、死なないって約束して?」

 ミアは大きな吊り目に涙をいっぱい浮かべ、子供のようにわんわん泣いた。

 猫なのに。いや、今はそういう場面じゃない。


「あたし、レイジィに会いたかったんだにゃあああああ! 死んで幽霊になって、レイジィとお話したかったんだにゃあああああ!」

「レイジィと話がしたいなら、私が代わりに伝えてあげる。だから、そんな理由で死なないの」

 ミアは涙を飲み込んで、素直にコクンと頷いた。やっとわかってくれたんだ、とルチアはホッと安堵して、愛おしそうにミアを撫でた。


「俺の言ったとおりだろう? ちゃんと伝えれば、わかってくれるんだって」

「そうね、レイジィの言うとおりだったわ」

「レイジィ、何て言ってるにゃ?」


 何と言おうか考えて、ルチアは「秘密」と言って悪戯っぽく笑いかけた。ふたりだけの会話にミアは「あー! ズルいにゃあ!」と立ち上がって地団駄を踏んだ。


「話せば長くなるの、説明がいるからね。そうよね? レイジィ」

「まぁ、そうだな。いっそミアの怪我を治しながら話を聞かせるっていうのは、どうかな?」


 ルチアは背筋をピンと伸ばし、パッと明るい顔をして、ミアの大きな瞳を見つめた。

「ねぇ! レイジィが治療しながら話をしようって言っているんだけど、どう? うちに来ない?」

「魔女さんの……おうち?」

 戸惑っていたミアの瞳が、ルチアの眼差しを浴び続け、次第に輝きを放っていった。


 俺がつないだミアとルチアの絆に、この世の中が変わるような気がして瞳が潤み、視界が霞み、頬を熱いものがつたっていって、嗚咽を漏らさずにはいられなかった、のはゴリラだった。


「ウグッブーン!! ウホ、ウホ、ブッヒィフエエエ───ンン!! ヒィェ──ッフウンン!! ウゥ……ウゥ……。ア゛────ア゛ッア゛───!! ゴノ! ゴノ! ガッハッハアン!! ア゛──ウホ! ィヒーフーッハゥ」


「あんた、うるさい! 早くどっか行きなさい!」


「デ──ヒィッフウ!! ア゛ーハーア゛ァッハアァ──! ッグ、ッグ、ア゛ーア゛ァアァアァ。 ウホ、ア゛ーア゛ーッハア゛──ン!」


 ルチアに叱られ、ゴリラは号泣しながら森の奥へと消えていった。

「……あいつは一体何なんだ」

「あいつって、鈍器コングのこと?」

 あいつ、そんな怒られそうな名前だったのか。

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