第15話・用法用量を守って正しくお使いください

 怪我を治して俺の話を聞かせてくれる親切心と、二度も殺された記憶の狭間で心が揺れて、ビクビクしていたミアだったが、実際に治療をされて緊張が解けたようで、ホッと顔を緩めていた。


「普通の治療で、ごめんね。私たちは、あなたたちとは違って回復魔法は使えないの」

 これもまた、自然の摂理というやつか。しかし、リビングの一角には蒸留装置と薬瓶が並んでいて、あれは薬じゃないのかと俺もミアも疑問を抱いた。


「ああ、あれは毒薬。魔物たちに卸しているのよ。完全天然由来成分だから、変なものは入っていないから安心して」

 出来たものは変なもので、ちっとも安心出来ないんですが……。


 天然由来の薬を塗って包帯を巻き、ルチアの治療はおしまいだ。今まで回復薬や回復魔法で【体力】を取り戻していたから、ミアは不安を隠しきれずにいる。

「あとは、安静にしてね。【体力】はゆっくり回復するものなの。走ったり戦ったりしちゃダメよ?」

「魔女さん、ありがとうにゃん」

 礼を告げて身支度をし、立ち去ろうとするミアをルチアが止めた。


「安静にって言ったでしょう!? あなた瀕死の重症だったのよ!? うちでしばらく休みなさい!」

「……うちで? って……あたし、ここにいていいのかにゃ?」

 ルチアは「いいでしょ?」と、俺に視線を送ってきた。もちろん大歓迎だ、俺はミアを見捨てない、そう約束したんだから。


「レイジィもいいって言ってるわ! それじゃあ、自己紹介からね。私はルチア、あなたはミアね? レイジィが何度も呼んでいたわ、宜しくね」

「レイジィが……? あたしを……?」

「そうよ、死んじゃダメって何度もね?」


 ルチアにウィンクされて、気恥ずかしいやら照れ臭いやら、どうして視線が泳いでしまう。半透明の俺は、赤くなっているのだろうか。


「うん、死なないってレイジィとも約束するにゃ。ルチアさん、宜しくにゃ」

 ルチアとミアが、宜しくの握手を交わした。いいなぁ友情、いいなぁ肉球、ぷにぷにだ。


 いやいや、誘惑に負けちゃダメだ。次は俺の疑問を晴らす番だ。

「ルチア、教会からいなくなったのは何でだ?」

「そりゃあ、魔女だもの。見つかったら火炙りよ? さっさと退散するに越したことはないわ」


 そうか、この世界でも魔女狩りはあるのか。そんな危険を冒してまで、俺のためにルチアは動いてくれたのか。

 掴まれて、ぶん投げられて、爺さんに憑依して大騒動になった末、弾き出されてしまったが……。


 と、ミアがキョトンと首を傾げた。しまった、俺とルチアの会話は片一方しか聞こえていない。

 ミアに経緯を説明するようお願いすると、今度はルチアに疑問が湧いた。

「そういえば、レイジィはお爺さんから弾き出されちゃったのね。身体をくれると思ったのに」

「何か……色々あってな。簡単には言えないけど、とにかく爺さんに憑依するのは、もうやめよう」


 身体から魂が弾かれるとは、ミアには驚くような話だった。

「空っぽの身体に取り憑いて、元の魂が帰ってきたら追い出されちゃうのかにゃ?」

「そうなのよ。ゾンビに憑いて回復したら、幽霊が身体に帰ってその本人が復活したの」

 ミアは「ほへぇ」と驚嘆していた。この世界には知らないことばっかりだと、もちろん俺にもルチアにも。


 ルチアの疑問は、ミアにも向けられた。それは俺にも気になる点であったのは、確かだった。

「そうそう、まだ聞いていなかったわ。ミアの仲間はどうしたのよ?」

 うつむき、口を噤んだミアに代わって、俺が声を潜めてルチアに教えた。ミアには聞こえない声ではあるが、やはり言うのは憚られた。


「パーティーをクビになったらしいんだ。代わりのメンバーでも見つかったのかな? どんな奴だか、聞いてくれないか?」

 ルチアは「まぁ……」と神妙な顔をし息を呑み、ふつふつと炎を燃やしていった。

「酷い奴、許せないわ。新しいのは、どんな奴? 私が仕返ししてあげる」

 ルチアは薬瓶を手に取った。天然由来成分100パーセント、変なものは入っていない安心安全身体に優しい毒薬を。


 そんなもの、あるか!


「あたしが死んでばっかりだからにゃ! だから、いじめないで欲しいにゃ! パーティーメンバーは入れ替わるものだから、仕方ないにゃ」

 ミアは慌てて両手と顔をぶんぶん振って、代わりに加わったメンバーを興奮気味に語りはじめた。


「アレックさんっていう槍使いだにゃ。背が高くてスラッとしてて、女の子にモテモテだにゃ」

 涼しげなイケメンかぁ……。

 チラッとルチアを伺うと「ふぅん」と興味がなさそうだ。ミアもモテっぷりに驚くだけで、アレック本人には関心がなさそうだ。

 何だか、ちょっとホッとした。


「距離を意識したのかしら? それでも、槍なんかじゃあ足りないわ。まだまだね」

「お、おい、ルチア。それじゃまるで、やられたいみたいじゃないか」

 俺が心配してみせても、ルチアは不敵にフフッと笑うだけだ。魔女として、勇者たちに倒される覚悟を決めているのか。


 たまらなくなった俺は

「ルチアも」

と言って、それから先が続けられなかった。ルチアは、すぐそばのミアに聞こえないほど小さな声で

「うん」

とだけ返事をした。

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