第16話・同意欄にチェックをお願いします

 起きていると身体に障る、ゆっくり休んだほうがいいとミアを寝かせることになった、が。

「そこ、ルチアの部屋じゃないのか?」

「怪我しているのにリビングっていうわけにはいかないでしょう? それにあなたは幽霊でも、一応男なんだし」

「そうじゃなくって、ルチアが寝る場所は? 空きのベッドはあるのか?」

「今はミアが優先よ、私は床でもいいわ」


 ルチア優しい、これがみんなから恐れられている魔女なのか。するとミアは、片一方の会話から状況を察してルチアを見つめた。

「ルチアさん、ベッドを半分こすればいいにゃ」

 ミアも優しい。もふもふにゃんこと魔女、ふたりの少女がひとつのベッドに寝るっていうのか。何て尊い絵面なんだ。


 寝室の扉を開けたところで、玄関をノックする音がリビングに響いた。こんな深い森にある魔女の家を訪れるのは──

「こんにちはー、MHKです」

 悪魔が誘惑ならぬ勧誘にやってきた。

「ちょっと待ってくれ、今開けるから」

と、ミアを寝かしつけてからルチアに玄関を開けてもらった。ミアに会わせるわけにはいかない、怪我を押して戦闘態勢になってしまう。


 悪魔は大切そうにパンフレットを手にして、ペコペコしながら営業スマイルを振りまいていた。

「えーっと……あ、いらっしゃった。MHK勧誘部のアムン・ウェイと申します。この度は、お客様に有益なご案内をお持ちしました。絶対に後悔はさせません」


 どうしてだろうか、信用出来ない。思わず

「間に合ってます、お引き取りください」

と冷たく言い放ってしまったら、悪魔は今にも泣きそうな顔をして玄関ドアに縋りついた。

「お願いしますよ、パンフレットだけでも見てくださいよ、お時間は取らせませんから、お願いしますよ」

「すみません、いやその何か……名前が……つい」


 ネズミ講にハメてきそうな悪魔の名前が、俺を激しく拒絶させた。そういう俺の名前もユウレイだからと、アムンを部屋へと招き入れた。

 と言っても、悪魔と契約する気はない。話を聞くだけで、キッパリ断って終わりにしよう。


 ルチアの案内でテーブルについたアムンは、さっそくフルカラーのパンフレットを開いてみせた。

「まずはお試しということで、定期契約のご案内をさせて頂きます。簡単に言えば魔族に加わって頂く契約ですが、そう重いものではありません。皆様が結んでいる契約ですから」

 皆様が、だと? 日本人が弱い謳い文句を選んでくるじゃないか。そう簡単には乗らないぞ。


「メリットとしましては、いつでもどこでも幽霊と会話が出来ます。亡くした方と、いつまでも一緒にいられるんですよ?」

「いや、俺自身が幽霊だし……」

 しまった、そうだ、いけねぇいけねぇ忘れてた、とアムンは紫色の舌を出し、手の平で額をピシャリと叩いた。忘れないでくれ、大事なことだ。


「幽霊のかたが契約されれば、夜なら誰とでも会話が出来るようになりますよ。最大の利点は黒魔術が使えることです。幽霊だと生前の怨念が影響しますので、恨みつらみがあればあるほど強い魔術が使えます。『恨めしや〜』が言いたい放題です」

「恨みもないし……はじめから死んでるので」

 アムンは「はぁ?」と疑問符を裏返った声にして出した。呆れたような笑みを浮かべて、ルチアが説明してくれた。


「異世界から転生するはずだったのよ。アホな女神が身体を忘れたせいで、はじめから死んでるの」

「そんなことって、あるんですか……。弱ったな、それで契約するとどうなるんだ」

 アムンは頭を抱えた末に、どこからか角笛を取り出して、それに向かって喋りだした。


「あ、勧誘部のアムンです。実はですね、はじめから死んでるお客様がいらっしゃいまして……そう、幽霊なんですが最初から死んでいまして、それって契約すると……ええ、ええ、ああー……。そうですか、わかりました、そのようにご説明します、ありがとうございました、失礼しまーす、はいはーい」


 角笛を消したアムンは、キリッとして俺を見た。

「わかりました。どうなるのか、わかりません」

「わからないって言ってください。ところでさっきの、何ですか?」

呪話器じゅわきです。私たちは魔女様のような水晶玉交信が出来ないもので、これで本部とやり取りをしています」

 携帯電話だ! それなら水晶玉は異世界パソコンか異世界スマホか!? 魔族、進んでる。


 どうしても契約が欲しいのか、アムンはテーブルに手をついて、俺にペコペコと頭を下げた。

「お試しで一ヶ月から、どうですか? 今ならこの呪話器もおつけしますよ。いつでもどこでも魔族と会話が出来て便利ですよ」

「魔族限定なんですね? じゃあ、いりません」


 そんな……と絶望するアムンに俺は、断りたくて畳みかけるように問いかける。

「逆にデメリットって何ですか? 魔族に加わると義務とか発生するんですか? それを聞かないことには、信用出来ません」

「そんな、ないですよ。義務っていえば、呪信料として魂を売って頂きます。あとは死を司る魔王様の配下について、生命を司る女神に抵抗するくらいでしょうか」


 なるほど、そういう対立構造か。復活も転生も女神様の思し召しというわけだ、ポンコツ過ぎて失敗したけど。

 ということは、悪魔と契約を交わしたら生まれ変われず、俺は幽霊のままじゃないか。


「それじゃあ、いらない。俺は生まれ変わる身体が欲しいんだ」

「幽霊だっていいものですよ。背後霊プラン『君といつまでも』はいかがですか? 地縛霊プラン『ヘル アゲイン 〜昔からいる場所』もございます。それぞれ特典がございまして、あ、ちょっと、そんな、押さなくても、あー、あー」


 アムンを追い出した俺を見て、ルチアは頬杖をついて足を組み、微かな笑みを浮かべていた。

「いいんじゃない? 自分で決断したんだから。私は、そういうの好き」

 そのなまめかしい仕草を目にして、俺の動かない心臓が高鳴った。

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