第17話・ルチアの話は信じるな

 冒険で鍛えた成果だろうか。ミアはみるみる回復していき、外に出られるまでになっていた。それでも完治するまで家にいなさいとルチアに言われて、持て余す時間をルチアを介した俺との会話に費やしていた。

 が、これがとにかく煩わしいのだ。


 ミアは悪魔勧誘のパンフレットを開き、デカデカと踊る謳い文句に興味をそそられていた。

「お金がかからないって書いてあるにゃ。あたし、お金持ってないから助かるにゃん」

「やめとけやめとけ、お金より大事な魂を売るんだぞ」


 そう俺が制しても、とっくに魂を売っているルチアは止めようとせず、ノリノリで勧めてくる。

「ミアも契約したら? クビにした勇者たちを一泡吹かせてみない?」

「ええ〜!? 仕返しなんかしたくないにゃあ。それにあたしは弱いから、やっつけられちゃうにゃあ」

「恨みが強いと、今より強くなれるのよ? ミアにピッタリだと思うんだけどなぁ」


 いい加減にしてくれよ、と俺はルチアの袖を引っ張った。ツンツンと立ち上がる黒衣の袖に、俺にも言いたいことがあるとミアが気づいた。

「レイジィは何て言ってるにゃん?」

「レイジィは……ほら、その、あれよ。身体が手に入らないからって、契約を断ったから。でも、いいと思わない? 化け猫ミア」


 俺の話で目を逸らし、自分の話で目を輝かせるルチアに怒って、ミアがテーブルをぱふっと叩いた。

「あたしはレイジィとお話がしたいんだにゃ! ルチアのお話は聞きたくないにゃ!」

 自分の意見を否定され、ルチアまでもが怒り出しフーッ! と唸るミアに迫った。

「何よ、話がしたいって言うから世話をしたのに! 恩を仇で返すのね!?」


 俺はまた、ルチアの袖を引っ張った。

「ふたりとも、喧嘩はやめろよ。ルチアもセールストークはやめて、俺が言ったことをちゃんとミアに伝えてくれよ」

「何よぉ! 私は喋るなっていうの!? ミアほどの逸材はいないんだから!」


 最強幽霊の俺はよくって、化け猫ミアが欲しいのか。確かに興味は持っていたが、そんなにムキにならなくっても……。

 そこで俺はハタと気づいて、もしやと思いルチアに尋ねた。

「ひょっとして、魔女だから猫が欲しいんじゃないか?」

 図星だった。魔女の使い魔といえば、猫と相場が決まっている。ルチアはうつむき、かぁっと真っ赤に染まっていった。


「そんな……ミアは確かに猫だけど……獣人だし」

「でも、一緒にいて欲しいんだろ? だから俺の話だけじゃなくって、ルチアの話もしたいんだ」

「そりゃあ、私だって話がしたいけど……」

「そろそろ治る頃なんだから、いて欲しいって正直に言いなよ」


 俺とルチアだけでミアの話をしていると、ミアの怒りが爆発した。

「だ・か・ら! レイジィは何て言ってるんだにゃあああああ!」

 肉球でなく、猫手でテーブルを叩いたミアは立ち上がり、よろよろと玄関に向かっていった。さすがにルチアも心配をして、オロオロしながら腰を浮かせた。


「ちょっと、どこに行くのよ!? まだ完治してないじゃないの!?」

「レイジィとお話できるのは、ルチアだけじゃないにゃ! レイジィ、あたしについてくるにゃ!」


 そう言い残して、ミアは森へと飛び出した。俺はミアについていき、森の魔物から守るためルチアもあとを追った。

「グェッヘッヘッヘ……あ、ルチアさん、どうも」

「弱々猫だぁぁぁぁぁ……どうもルチアさん」

「ゲヘヘへへ……本日もよいお日柄で」

と、なるんだからルチアがいなければミアはとっくに死んでいる。


 中には俺に気づく連中もいて、そのステータスに尻尾を巻いて逃げ出す奴もいれば

「やべぇ、カンストだ」

「うぉお! 史上最強の幽霊だ!」

「悪魔と契約して、最強幽霊になってよ」

と、スカウトしてくる奴もいる。間に合ってます、いいです、結構ですと断りながら歩く俺は、まるで渋谷か竹下通りの美少女みたいだ。


 気まずくて口を噤んでいたルチアが、ついに我慢出来なくなってミアに問う。

「ミア、どこに行くの?」

「あたしはレイジィとしか、お話したくないにゃ」

 そう言って、頬をぷぅっと膨らませていた。やれやれ子供なんだから、とルチアが俺に視線を送る。


「レイジィも知りたいわよね?」

「そりゃあ、黙って行っちゃえば」

「ミア、レイジィも知りたいって!」


 口をもぐもぐさせていたミアは、森を抜けて光を浴びると口を開いた。

「教会だにゃ。女神様なら、レイジィのお話を聞かせてくれるにゃ」


 足を止め、振り返ったミアの背後に大草原が広がっていた。子供たちが花を摘んでいる丘の向こうに町があり、その中央には教会の尖塔がそびえ立つ。

 俺がはじめに異世界転「死」し、死んでるミアと出会った町だ。


「き……教会ぃ?」

 ルチアは一歩後ずさり、歪ませた顔をひくつかせていた。教会には入れないし、そもそも町に入れば捕えられて火炙りだ。

「ルチア、留守番しているか?」

「そうする、待ってる。水晶玉で見てるから、何かあったら飛んでいくね」


 待ってくれることが嬉しいミアは、ルチアにひらひらと手を振って町に向かった。ミアの背中を追う俺は時々振り返っては、水晶玉の俺たちを見つめるルチアを探して、そのたびにホッと安堵した。


 しかし、あのポンコツ女神様を頼るのか……不安が募るばかりじゃないか。

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