第18話・女神様が歌ってみた

 教会に入ったミアは、ちょっと考えてから両手を合わせてひざまずき、女神様の彫像に祈りを捧げた。

「えっと……女神様、レイジィとお話がしたいにゃん」

 すると彫像が光を放ち、エコーの効いた女神様の声が響いた。

『話だけですね、ね、ね、ね、ね……。本当に話を伝えるだけですからね、ね、ね、ね、ね……』


 どうやらエコーを効かせすぎたらしい。四苦八苦する息づかいまでもが、わんわんと伝わってくる。なんてこった、悪戯心が抑えられない。

「女神様、ちょっと歌ってみてください」

『おぉほぅれぇへぃはジャィアンアンアンアンアン……レイジィ、ィ、ィ、ィ、ィ、何をさせるんですか、か、か、か、か……』


 どうしてこの歌を知っているんだ、というのはさて置いて。

「とりあえず、エコーを切ってくれ。まともに話が出来ないじゃないか」

 女神様は渋々ながらエコーを切って、クリアな声でミアに尋ねた。

『レイジィの言葉を伝えて差し上げましょう。ミアは何を聞きたいのですか?』


 パァッと明るくなったミアは、結んだ口元に猫手を当てて言葉を整理した。そしてハタと思い立ち、女神様の彫像を真っ直ぐ見つめた。

「レイジィは、どこから来たんだにゃ?」

「日本っていう、こことは違う世界の国だよ」

『ここではない、どこかですよ』

 厨二病っぽく言うんじゃねぇ、ちゃんと伝えろ。


「それで、身体はどこにあるのかにゃ?」

「事故死を不憫に思った女神様が異世界転生させてくれたはずが、身体を忘れたものだから、この世界にはないんだよ」


 女神様は言葉に詰まった。俺がはじめから死んでいるのは、まるで私のせいじゃないかと。

 だから、あなたのせいなんだよ!


『ここではない、どこかですよ』

「厨二病はやめろ! その答えじゃあミアは、存在しない身体を探し続けることになるんだぞ!?」


 うぐぐっ……と唇を噛んで唸った末に、観念した女神様は仕方なさそうにぶちぶちと呟いた。

『不幸な事故でついえた魂を不憫に思い、この世界に導いたのです。ところが、愛に満ち溢れた世界には身体の空きがなかったのです』


 何だか、自分の失策を包み隠すような言い方だ。それを不満に思っていると、女神様はヒックヒックと肩を揺らしはじめた。そして……


『ウーハッフッハーン!! ッウーン! レイジィを復活させたかったのです! せやかて工藤! 死んだままからーそれだったらワダヂが! 女神として! 文字通り! アハハーンッ! 神の力でイェーヒッフア゛──!! ……ッウ、ック。ミア! あなたには分からないでしょうけどね! 殺伐とした、魔族との戦いを終わらせたくて、本当に「誰に祈っても一緒や、誰に祈っても」じゃあ私がああ!! 女神として!! この世の中を! ウグッブーン!! ゴノ、ゴノ世のブッヒィフエエエ────ンン!! ヒィェ──ッフウンン!! ウゥ……ウゥ……。ア゛─────ア゛ッア゛──!! ゴノ! 世の! 中ガッハッハアン!! ア゛──世の中を! ゥ変エダイ! その一心でええ!! ィヒーフーッハゥ』


 号泣しやがった。俺はドン引きし、ミアは突然のことにオロオロしている。

「女神様、泣かないで欲しいにゃあ」

「うるせぇよ、それはもうゴリラがやったよ」

『誰がゴリラなのですか!? 誰が!?』

 鼻息荒く怒っている女神様は、翼の生えたゴリラみたいだ。


 女神様をおもちゃにしていると、話がわからないミアがプンプンと怒った。

「あたし、ゴリラなんて言ってないにゃ! 女神様は、レイジィとお喋りしてズルいにゃ! レイジィが言ったことを教えて欲しいにゃ!」

『レイジィは、うるせえゴリラと言ったのですよ』

「そうは言ってねぇよ! ほら、ミアが俺を威嚇してるじゃねぇか! デカいから怖いんだよ!」

「女神様はゴリラじゃないにゃ! シャ───!!」


 やっぱりダメだ。伝言ゲームも出来ないなんて、ポンコツすぎる。そんな女神様を介してミアを諌めようなんて、いくら何でも骨が折れる。

「だから、号泣ネタは魔物のゴリラがもうやったんだよ。天丼だ、天丼」

『天丼ですよ、ミア』

 教会が光を放つと、天井からミアのもとへ天丼が舞い降りてきた。だから何で知っている、全知全能のアホなのか。

「まんまだにゃ!」

 とりあえずミアがご満悦なので、いいとしよう。


 ミアが天丼を食っている隙に、ふと思い浮かんだ質問を女神様に投げかけてみた。

「これから赤ちゃんを宿らせて、それを俺が恵んでもらうっていう手はどうだ? 例えば勇者ブレイドの子供に生まれて、俺が二代目勇者になるとか」

『レイジィが勇者の子……? それは素晴らしい、あなたの能力に相応しいですね』


 ほら、いいアイデアだ。どうしてもっと早く思いつかなかったのかと得意げになっていたが、女神様の声が重たく曇った。

『しかしブレイドには今のところ、子を持つ予定はありません。生命を司る私でも、容易たやすく運命を変えられません』

 女神様の言うとおりだ、人の運命をもてあそんで強引にねじ込むのは間違っている。そう思い直した、そのときだ。


『ですが、やってみましょう。ちょうどブレイドがレベル上げの旅を終えて帰ってきました。私に報告するため、この教会を訪れるでしょう』

「ブレイドさんが、ここに来るのにゃ!?」

 ミアが気まずそうに引きつって彫像の影に隠れたところで、教会の扉が重たくゆっくりと開かれた。

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