第13話・しょうがないなミアちゃんは

 ルチア、俺を置いてどこへ行ってしまったんだ。ひとりで家に帰ったのか。ここまで箒で飛んできたから、家がどこだかわからない。あてもなくあんなに深い森に入れば、俺は間違いなく迷う。

 唯一話せる生きている人? とはぐれてしまい、俺は異世界でひとりぼっちだ。


 肩を落として教会の前を通っていると、扉がドバン! と乱暴に開いた。

『ここにもいますよ、あなたと話せる者が』

 女神様だ。祭壇の石像を介して、俺に話しかけてきた。

「ダメだ、あんたじゃ話にならん」


 微動だにしない女神様は、うぐっとうめいて言葉に詰まった。そのまま通り過ぎようとしたところ、俺は教会の中へと吸い寄せられた。

「何だよ、こんなときだけ神の力を使いやがって。あんたが忘れた身体の用意が出来たのかよ」

『レイジィ。あなたに会いたい者が、もうすぐここを通ります。会って差し上げなさい』


 祭壇の前まで連れてこられて、女神様は石像から離れてしまった。話せるって自分から言って、もう逃げるのかよ。本当に頼りにならない女神様だ。


 そう憤っているところへ来たのは、ミアだった。そうだ、彼らについていくはずが、ルチアと一夜を過ごしてしまった。ちなみにラッキーはあったが、言葉どおりの意味しかない。


 ミアは祭壇の正面にひざまずいてスンスンと鼻を鳴らした次の瞬間、噴水のように号泣した。

 すげぇ、古典アニメみたいな涙、この世界では出せるんだ。


『ミア、どうして泣いているのですか?』

 ここでお出まし、女神様。仕事を選ぶな、責任を取れ、俺の身体を用意しろ。

「あたし……パーティーをクビになっちゃったんだにゃあああああ!」

 ミアは再び、滝のような涙を流した。ブレイドめ、いくら死んでばかりとはいえ、ミアを見捨てるとは酷い奴だ。


『おお、可哀想なミアよ。ですが、安心なさい? あなたを見捨てない人が、あなたのすぐそばにいるのですよ?』

 それって、俺か。マズい、一時的とはいえルチアに寝返ってしまっている。余計なことを言うんじゃねぇぞ女神様、と眼力を送る。


「……レイジィ……。レイジィが、あたしのそばにいるんだにゃあ!」

 確かに、めっちゃそばにいる。生きていたなら、噴き出した涙を浴びてズブ濡れになるほど近く。


「女神様。俺はここにいるんだって、ミアに教えてやってくれ」

『そうです。そこにいますよ、あなたの左。違う、私から見て左だから、あなたの右。もうちょっと前、そう、そこ! その辺! そこら辺にいます』


 ミアの肉球が、俺の身体をスカスカと撫で回していた。女神様、あんたは何をやっている。ていうか狙いが外れているときに、ミアの猫パンチが何度も身体を突き抜けて、めちゃめちゃ怖かったんだが。


 ミアは、見えない俺に微笑みかけた。

「レイジィ、あたしを見捨てないでくれて、ありがとうにゃ」

 こんなに性格のよさそうな娘から離れるなんて、悪いことをしちゃったな……。でも、ルチアがどこに行ってしまったかも気になるんだ。


 あああああ、心が揺れる。揺れるけど、今はそばにいるミアから離れないでおこう。


 俺はミアの猫手をガッシリ掴んだ、格好をした。

「ミア、一緒にいよう。俺の新しい身体を、一緒に見つけよう」

『ミア、レイジィは「一緒にいよう、新しい身体を探そう」と言っていますよ』

「それ、本当はあんたの仕事だからな」


 女神様は、再びうめいた。それを聞いて、ミアはちょっと首を傾げてから俺を見つめた。

「どうして女神様は『うぐぅ……』って言ったのかにゃ?」

「翼を背負っているからじゃないか?」

『翼を背負っているからですよ』

「好物は鯛焼き」

『私の好物は鯛焼きです。レイジィ!? 鯛焼きとは何ですか!?』


 バカな遊びは、もうやめよう。秘めた決意を胸にして、ミアがスクっと立ち上がったからだ。

「あたし、レイジィの身体を手に入れるにゃ!」

「ミアは何ていい子なんだ……いい子いい子と撫でくり回して、もふもふしたい」

『ミア、レイジィが全身を撫で回したいと言っていますよ』


 ミアは引きつりヒィッ! と悲鳴を上げて、自らの身体に腕を回した。俺の願望を女神様が曲解したから、ミアは俺を変態だと思ったようだ。

「変なことを言うな! お前、俺の足を引っ張ってばかりじゃないか!」

『さあ、行くのです。新たな身体を探す旅に。ミアとレイジィが言葉を交わす日が、一日も早く訪れることを祈ります』

「おい! こんな空気にして逃げるんじゃねぇ! 祈るのは俺たちの仕事だ、ポンコツ女神!」


 女神様は、俺たちとの交信を打ち切った。ミアは戸惑いながらも、見えない俺に声をかけた。

「あたし、レイジィと早くお話がしたいにゃ。そのために頑張るにゃ!」

「頼りにしてるぜ、ミア。あと俺は変態じゃない」


 しかし、ミアはどこへ向かう気なんだろう。


 教会をあとにすると町を出て、ルチアが暮らす森に入って、迷うことなくズンズン進む。少なくとも二回は入っているから、そこで見つけたあてがあるんだろうか。


「なぁ、ミア。お前のステータスじゃあ、この森にひとりで入るには危ないんじゃ……」

 という忠告も、当然ミアには届かない。自信満々に進む背中と、上機嫌にうねる尻尾が不安を煽る。


 バキバキバキバキバキ……。


 森の奥からこちらのほうへ、木を薙ぎ倒している音が響いた。ヤバい奴が近づいている、そんな音が俺を戦慄させた。

 ミアは立ち止まって戦闘態勢、木立のカーテンを薙ぎ払って現れたのは、ハンマーを握ったでっかいゴリラ。ダメだ、ミアに敵う相手なんかじゃない。


「逃げるんだ、ミア! この森から早く出ろ!」

 音のない絶叫は木の葉のざわめきが掻き消して、それが届かなかったミアは啖呵を切った。

「さあ、あたしを殺すにゃ! そうすればレイジィに会えるんだにゃ!」


 ミア、死んで俺と会おうなんて間違っている!

 俺は無駄と知りながら、ミアの前に躍り出た。

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