第9話・僕らはみんな死んでいる

 森を抜けた先に見えたのは、広大な墓場と巨大な屋敷。灯りはひとつも点いていない。

 もう、ルチアが何を考えているのか予想出来たし、それは想像のとおりだった。

「ルチア、あれって、まさか……」

「お化け屋敷! ここなら幽霊のまま活躍出来るし、淋しくないでしょう?」


 おどろおどろしい雰囲気とは裏腹に、ルチアはテーマパークにでも行くように声を弾ませ胸踊らせていた。マジかよ、遊園地のじゃないんだぞ、正真正銘の本物だぞ。しかも俺は、文化祭レベルのお化け屋敷にも入ったことがないんだぞ。


 しかし最強のチート幽霊なんて、めちゃめちゃ厄介な敵キャラじゃないか。

 ていうか魔女のルチアについていけば、そっち側のキャラにされ、いずれはブレイドたちと対峙する、そういうわけか。

 そういう希望は、なかったんだけどなぁ……。


 屋敷の窓がひとりでに開いて俺たちを招いた。

 それもギイイイイイ……じゃない、パカッ! とだ。よくぞここまで……というのじゃなくて、熱烈歓迎! といった感じだ。


 開け放たれた窓から広間の中央に飛び込むと、屋敷の住民たちから歓迎を受けた。

「フフフフフ……」

「ヒヒヒヒヒ……」

「こっちにおいでぇ……」

 か細い声がそこかしこから聞こえてきた。このじめじめしてひんやりとした不気味な雰囲気は

「ひぇ……幽霊が出そう」

「あなたも幽霊じゃない」

「あ、そうか」


 間抜けなことを言ってしまったが、自分自身が幽霊になっても怖いものは怖い。思わず腰が引けてしまうが、降り立ったのが部屋の真ん中だから逃げ場がない。

 たまらずルチアにしがみついたら

「情けないわねぇ、幽霊だったら幽霊らしくしなさいよ」

と怒られて、シッシッと邪険にされてしまった。


「わ、わかったよ……」

 渋々身体を離したそばからポワ……ポワ……と青白い光がぼんやり灯った。

「ひぃぃぃ出たぁぁぁ幽霊ぃぃぃ怖ぁいいい」

「もう……あなたはとっくに出ているのよ?」

 そうは言っても、怖いものは怖いんだ。再び身を寄せようとしてみたが、ルチアはスルリと俺をあしらい、幽霊たちを呼び寄せた。


「みんな、元気に死んでた?」

「ルチアさん、いらっしゃい」

「お久しぶりね、ルチアさん」

「ルチアさん、あの人は誰?」

 小鳥のようにルチアにじゃれつく幽霊は、丸ににょろにょろの漫画みたいな幽霊だった。つまりルチアに見えている俺と同じ。


 そんな丸い幽霊を撫でくり回して

「ね? 怖くないっていうか、可愛いでしょ?」

「はぁ、可愛いっすねぇ」

 ただ、見るからにザコキャラだ。わんさかいるし、小さいし、ステータスだってショボい。だが俺と同じ【状態】死亡、既に死んでいるから殺せない。


 幽霊たちはふよふよと俺に近寄り、ステータスを興味深そうに見て驚いていた。

「君、凄く強いんだね!」

「カンストなんて、はじめて見たよ!」

「レイジィさん、僕たちのボスになってよ!」

 参ったなぁ、チートだからしょうがないなぁ、みんなそんなにチヤホヤするなよ、とデヘヘデレデレしてしまう。


「必殺技を見せて」

「見たい見たい!」

「見せて見せて!」

 丸い幽霊がキャッキャして、ルチアはウフフと嬉しそうだ。


 せっかくだからスキルを使ってみたいが、どこに向かって放てばいいのか。幽霊たちは、今の俺には仲間だし攻撃すればルチアが怒る。

 そうだなぁ……。


「部屋の隅に燭台があるから、炎系のスキルで火を点けようか?」

 うわぁ、凄い凄いと幽霊たちは、火を点ける前からキャッキャとはしゃぐ。それでは、ご期待にお応えしよう。焼き尽くしちまったらゴメンな。

「ファイヤードラゴン!」

 ルチアからどう見えているのかは置いといて、燭台に真っ直ぐ指差して炎系魔法を──


 ……放てない。

「ホットショット! フレア! フレア!」

 どんどん弱い技に変えていっても、煙のひとつも出てこない。幽霊なのに、幽霊屋敷でスキルを使えないなんて、そんなことってあるのか。

「なぁんだ、見掛け倒しか。つまんないの」

 幽霊たちがガッカリして、くるりと背中を向けようとした。いやいやちょっと待ってくれ、聞きたいことがあるんだと呼び止める。


「おっかしいなぁ……。幽霊って、スキルは使えないのか?」

「使えるよ? がおー」

 丸い幽霊たちは開いた口から火を放ち、燭台にポッポッポッと火を灯した。弱い、超弱い技だが実用的だ。

「レイジィもやってみたら?」

 幽霊の可愛さにメロメロのルチアが、ワクワクしながら俺に期待をかけてきた。つまり、俺にも可愛い仕草をしてほしいんだな。


 恥を忍んで両手を上げて、口を開いて

「が、がおー」

と言っても、何も出ない。ただ恥ずかしいだけで幽霊たちは益々ガッカリ、喜んでいるのはルチアだけだ。

「可愛い! 可愛い!」

「そうすか……。でも、何で技が使えないんだ。やっぱり身体がなかったからかな」


 それを聞いた幽霊たちがキョトンとし、互いの顔を見合わせた。

「身体がなかったって、どういうこと?」

「こことは違う世界で死んだんだ。転生したのに身体が用意されていなかったから、最初から俺は死んでいるんだ」

 そんなことがあるんだ! と、幽霊たちはビックリだ。うん、俺が一番ビックリしている。彼らはヒソヒソ話をした末に、いいことを思いついたと向き直り、俺とルチアの手を引いた。


「身体があればいいんだね? 貸してあげる!」

 この先は、何が起きるかわかっている。出来ることなら遠慮したい、断るタイミングを伺おう。

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