第8話・確かに俺は死んでいる

「それで、あと聞きたいことは?」

 リラックスして椅子に座って背ずりにもたれ、興味深そうに俺を見ているルチアは、幼いながら艶っぽく、戦っていたときとはまるで別人だ。


「死んだままじゃあ話にならない、新しい身体が欲しいんだ。何とか復活出来ないかな」

 魔法にけた魔女であれば、何か手立てがあるかも知れない。そんな期待は、ひそめた眉に打ち砕かれた。


「自然の摂理に反するなんて、私には出来ない」

 固くした表情が、俺の復活を拒絶した。魔力の問題ではなくて、ルチアの信念の問題なのか。

 どうしても復活したい俺は、それでもルチアに食い下がる。

「でも、それがこの世界での自然じゃないのか? 獣人のミアは何度も死んで、何度も復活しているじゃないか」


 ミアの名前を出した途端、ルチアは苛立ちを露わにし、強い口調で俺に噛みついてきた。

「私たちは、あいつらと違う! 死んだらそれっきりなの! だから必死になって生きているの。あの子は復活出来るからって、生命を軽く見すぎだわ。あいつらは死ぬのに慣れすぎよ!」


 確かに、ピーピー泣いてしょんぼりして、肩を落として死んだことを悔やんでいるが、猪突猛進で無鉄砲な戦闘スタイルで、また俺と会うために死ぬと軽々しく言っていた。いのちだいじに、とは無縁になってしまっている。


 そうだ、ミア──。

 ……復活したら、どうせ俺のことなど見えなくなってしまうんだ。彼らのもとに急いだところで、あまり意味を感じない。

 それなら、もう少しルチアと居よう。


「だから私は、奴らと戦うの。生命っていうのをわからせるためにね」

「それで、あんなに強い魔法を繰り出したのか」

 でも、それではわけもわからず何度も殺されているミアが不憫でならない。それに、ルチアへの恨みが積み重なるだけじゃないか。


「教えてあげればいいのに、生命を大事にって」

「わからないわよ。私たちを宝箱か、レベル上げの道具としか思っていないんだから」

 彼らが何のために戦っているのか知らないが、ルチアが吐き捨てた言葉は真理だと思えた。

 だから、俺は何も言えなくなってしまった。


 今度はルチアに疑問が湧いて、ふとしたことのように、何気なく問いかけてきた。

「ところで、あなたが元いた世界は生き返れるの?」

 生き返れない、と言おうとしたが電気ショックや心臓マッサージで、息を吹き返すことはある。この世界にも心臓マッサージはあるかも知れないが、そうだとしたら死の境界線って、どこなんだろう。


 でも、お医者さんが「ご臨終です」と言ったら死んだことになるんだから……。

「復活は出来ない、神様の子が生き返った伝説はあるけど」

「そうでしょう? 普通は死んだらそれっきり」

と言ったルチアには俺が見えて、こうして話している。ブレイドたちに気づかれなくても、ルチアと接していると生を感じる。


 死ぬって一体、何なんだ。


「いやいや、俺はこの世界の基準では死んでいるんだ! 【体力】ゼロだし状態は【死亡】だし、確かに俺は死んでいる」

 俺が出し抜けに言ったので、ルチアは目を丸くしてから声を上げて笑い出した。

「そうね、死んでる。しかも、はじめから」

「そう、はじめから。俺の人生は、まだ何もはじまっていないんだ。状態【死亡】でも、生まれていないのと同じなんだ。だから身体を得て、生きたいんだよ」


 俺が振るった熱弁に、ルチアは揺り動かされていた。はじまっていない人生だったら、復活には当たらないんじゃないか、と。

 目の前にある虚空を見つめた末、ルチアはピンと思い立って、俺のほうに身を乗り出した。


「さっきも言ったけど、私には生き返らせることは出来ない。でも、死んでるあなたを活かすことなら出来るかもしれないわ」

「死んでる俺を……活かす?」


 言っている意味がサッパリわからず、ポカンとしてしまっている俺を差し置き、ルチアは玄関に立てかけてあったほうきを取った。

「もう日が暮れてきた、頃合いだよ。行こう!」

「行こうって……どこに?」

「そんなの、決まっているでしょう? 死んでるあなたが生きる場所! そうだ、あなたの名前を教えて」

「ユーキ・レイジィだ」


 ルチアは玄関先で立ち止まり、茜空を見上げてモグモグと呟いた。するとまた、身を乗り出して俺の目を見た。

「ユーレイだ! あなた幽霊ね!? ピッタリ!」

「人の名前で遊ぶなよ! 失礼だぞ!」

 俺がプンプン怒っていると、ルチアはペロリと舌を出し、軽々しく詫びていた。親から受け継ぎ授かった、大事な名前だ。次に言ったら、絶対に許さないからな。


 そんな間に、ルチアはいそいそと箒に跨って手招きをした。

「レイジィ、早く行こう。すぐそこだから」

 促されるままルチアの後ろに跨って、薄い肩に掴まった。幽霊である俺自身の感覚では手の平でガッシリ掴んでいるが、丸ににょろにょろとして見えているルチアは、どんな感覚なんだろう。


「あれ? ルチアと箒には触れるんだな」

「見えるんだから、触れて当たり前でしょう?」

「そういうものなのか? まぁ、いいか」

「それじゃあ行くよ、振り落とされないでね」

 合図と警告をした次の瞬間、俺とルチアは飛び上がり、橙色と紫色の空の下、深く暗い森の上、風に揺れる緑の波間を駆け抜けた。

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