第7話・死んでるさん、いらっしゃい

「俺が……見えるのか?」

 赤い瞳にとらわれて、俺は足を止めてしまった。ミアの幽霊がそれに気づいて、必死になって俺を呼ぶ。

「レイジィ! はぐれちゃうにゃあ!」


 迷いが生じた、どうすればいいか狼狽えた。


 死んで俺に気づいたミア、身体を探してくれるパーティー、しかしまだレベルが足りない、長い旅になるのは目に見えている。

 そもそも、女神が用意を忘れたのだから、俺の身体はこの異世界のどこにもない。


 生きていながら俺を呼び止めたルチア、見えている安心感と不安感、復活したら俺には及ばないが魔力は最強クラス、ただしルチアの目的が不明だから不穏でならない。

 しかし、最強魔女の魔法なら身体は何とかなるのでは、という淡い期待が拭えない。


「もう一度聞くわ。そんなに強いのに、どうしてあなたは死んでいるの?」

 ルチアは、念を押すように質問を繰り返した。 

 幽霊のミアは、動かない俺にしびれを切らして地団駄踏んでやきもきしている。

「レイジィ! 一緒に帰るにゃあ! 魔女なんかとお話することなんて、ないにゃあ!」

「ミア、俺には話したいことがあるんだ。あとで追いかける」


 すまない、ミア。

 魔女に賭けてみる、これが俺の決断だ。


 まずは、ルチアがどんな魔女か探りを入れる。

 危険な魔女とわかったら、新たな身体でルチアを倒す。何せ俺はチートだ、最強の武器とスキルを持ってすれば倒せない相手ではない。

 身体を恵んだルチアを倒す、最低の裏切り行為だが世界のためだ、女神様も赦してくれるに違いない。


「こことは違う世界で死んで、転生したのに女神様が身体を忘れたんだ。だから、俺はこの世界ではじめから死んでる」


 ルチアの眉がピクリと跳ねた。


「女神が身体を忘れた? はじめから死んでる? そんなことって……」


 そこまで言うとルチアは俺に背中を向けて、森の奥へと入っていった。そして小さく

「ついてきて」

とだけ呟いた。

 振り返ると、ミアの姿はどこにもなかった。今の俺は、ルチアだけが頼りだった。


 深く暗い森の奥、小さなログハウスがぽつんとあった。遠慮なく入ったから、これがルチアの家なのだろう。

 ルチアは玄関扉を開けてすぐ、リビング中央で立ち止まると肩を震わせ身をよじり、ついには腹を抱えてしまった。それを怪訝に見つめていると


「もうダメ、我慢出来ない! 身体を忘れて転生なんて、女神はバカなの!? アホなの!? はじめから死んでるなんて、聞いたことがないわ!」


 女神様をさんざん罵倒し、涙を流してゲラゲラと笑った。そのうちヒィヒィ言いだして、膝からヘナヘナと力が抜けて、しがみついたテーブルをバンバン叩いて、なお笑った。


 満足するまで笑ったところで目尻に溜まった涙を拭い、詫びるような笑みを俺に向けた。

「ごめんなさいね、もう可笑しくって。あなたも災難ね、そんなポンコツ女神が頼りだなんて」


 さっきのバトルでは冷たく恐ろしかったルチアだが、今なら確信を持ってハッキリと言える。

 普通の女の子じゃないか、しかも笑うと可愛いぞ。


「まったくだよ、死んでまた事故に遭ったみたいだ」

「あら、あなた事故で死んだの?」


 するとルチアはおもむろに、水晶玉をテーブルに置いた。さすが魔女、これで何か見るんだろうが、ちょっと待てまさかいやいやおい何を映しているんだやめてくれやめろやめろってばそんなの見るなってだからやめろって言って


 〜 しばらくお待ちください 〜





















「あらまあ、これはひどいわね」


 グロッキーな俺に反して、ルチアは涼しげな顔である。さすが魔女、こういうの大丈夫なんですね。

「ここまで粉々になったから、俺は身体を失ったままなのか?」

「関係ないわ、言ったでしょう? 女神がバカでアホで間抜けなポンコツっていうだけよ」


 ひとつ増えている。俺は大して気にしなかったが、それがしゃくに障ったせいか眉間にしわを寄せた女神様が水晶玉にその姿を現した。

『……誰がバカでアホで間抜けでポンコツですって?』


 事実だ。言わないでおくけど。


「ねぇ、こいつがバカでアホで間抜けでポンコツな、すっとこどっこいの女神様?」

 キョトンとしたルチアが、女神様を指さした。チートにしてくれた恩はあるが、このとおり転生に失敗しているからトントンだ。

 それにルチアが言ったことは揺るぎない事実、だから俺はうなずいた。


『ああ! また増えてる! バカっていうほうがバカなのよバーカバーカ』

 怒っている女神様は、世界で一番バカっぽい。

「そんなことより、俺はどうすれば身体を得られるんだよ。予約が空いたら新しい身体をくださいって、またそうやってそっぽを向く! 鳴らない口笛を吹くんじゃない!」


 女神様は両手を組んで居直って、慈愛に満ちた微笑みを讃えた。期待感はまるでないが、身体を用意してくれるのか。


『この世界は、愛に満ち溢れています。生まれる子どもは皆、望み望まれて生命を授かっているのです』

 立派なことを言い残し、光を放って水晶玉から消えていった。要約すれば、身体に空きはないということだ。

 予想どおりだった。ダメだ、女神様に期待した俺もまたバカだった。


「ところであなた、私に聞きたいことがあるって言っていたわよね?」

 ああ、そんなことを言ったなぁ。ただ、女神様のアホが感染うつってしまった今は思考力が低下していて、ろくな質問が思い浮かばない。

「そうだなぁ……。まずは、俺がどう見えているのか教えてくれ」

 ルチアはテーブルに紙を置き、インクをつけた羽根ペンを走らせた。


 まーるかいて、にょろにょろ。おめめがちょんちょん、おくちがにっこり。


「……可愛いっすね」

「でしょでしょ!? よく描けてると思わない!?」


 本当、可愛いっすね。

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