第10話・ゾンビバノンノン

 幽霊たちに手を引かれ、やってきたのは墓場だった。やっぱりそうだよね、彼らが身体を貸してくれるというんだから。

 墓場の土が盛り上がり、墓石がバタバタ倒れ、そこかしこからボコォッ! ボコォッ! と


[ゾンビがあらわれた]

[ゾンビがあらわれた]

[ゾンビがあらわれた]

[ゾンビがあらわれた]

[ゾンビがあらわれた]……


「レイジィ、新しい身体よ」

「新しいって……腐ってるやん」


 ゾンビたちは「あー……」とか「うー……」とか唸りながら、俺たちのほうへノロノロと歩いてくる。遅い、遅すぎる、俺の【速さ】は活かせるのか、でもゾンビが猛ダッシュしてきたらメチャメチャ怖い。


「でも、ゾンビって勝手に動いてるじゃん。俺が入って大丈夫なの?」

「そういう呪いにかかっているのよ。呪いが怖いの? 平気平気! 憑依は奴らが言う復活みたいなものよ!」

 難癖つけて断ろうとしたものの、ルチアに押し切られてしまい、俺はゾンビに押し込められた。


「何か……景色がおかしいんだけど」

「目玉が落っこちているからよ」

「ていうか、めっちゃ臭い」

「腐っているからよ」

 ボロボロじゃねぇか! こんなんで復活出来たと言えるのか!?


 しかし幽霊たちは大喜びで、俺とルチアの周りをぐるぐる回る。幽霊好きのルチアも、つられて喜んでいる。

「僕の身体だぁ! 大切に使ってね!」

「ねぇ、レイジィ。スキルを見せて!」

「わぁい、見せて見せて!」


 まぁ、あとのことはあとで考えるとして、まずはスキルが使えるかだ。みんなに害のないように傾いた墓石めがけて魔法を放つ。

「サンダードラゴン!」

 墓石と俺の腕が砕け散った。


 魔法はダメだ、借りた身体が無くなっちまう。ゾンビは人間を捕まえて噛みつくんだ、物理攻撃が向いている。

「エクスカリバー!」

 光を放って空から剣が舞い降りた。それを掴むと重さに負けて、俺の腕が千切れて落ちた。


 この身体は満身創痍なんだ、まずは守りを固めないと自滅する。鎧を身につければ、甲殻類の殻のように身体を支えてくれるだろう。

「トワイライト・メイル!」

 重たい鎧に耐えきれず、俺の身体はバラバラに崩れてコロンと転がる首だけになった。


「あわわわわ……僕の身体がぁ……」

 身体を貸した幽霊が、白い顔を青ざめさせた。幽霊を悲しませたせいだろうか、見上げたルチアは眉間にしわ寄せ、ピキピキと怒っている。

「レイジィ……あなた、何てことを……」

「わああああ、ごめん、ごめんってば! 身体をから許してよ。リフレ!」


 回復魔法を唱えると、バラバラに崩れた身体が集まり元通りにくっついて、身体を貸した幽霊が吸い寄せられた。

「あれ? あれれ? あれあれあれー!?」

 幽霊が身体に取り込まれると、俺は玉突き式に押し出され、ぽよんぽよんと地面を跳ねた。


 元の魂が入った身体は魔法の効果で傷も腐敗もない、生前の状態にまで回復をした。幽霊だった彼は肉体を得たのを確かめて、胸に手を当て鼓動を感じた。

「生きてる……? 僕、生きてる。僕は生きてるんだ!」

 そう、彼は生き返った。そして俺は、死んだ。

 いや、ゾンビの身体に入ったのを生きているにカウントしていいものか。


 一方、俺はくらくらする頭をぶんぶん振って、鮮明な意識と景色を取り戻した。心配したルチアが寄り添ってくれている、優しい……のは、俺が丸い幽霊だからだろうか。

「あれぇ……? 何で追い出されちゃったんだ?」

「たぶん、生きた身体と合致する魂があったからよ。これも自然の摂理ね」

 それじゃあ、ゾンビの身体を借りての復活は、なしだ。あってもらっちゃあ困る、なしになってよかった……。


 大喜びしていた彼が、はたと気づいてルチアの前に立ち、しょんぼりと背中を丸めた。

「生き返ったから、もうここにはいられないよ。さようなら、みんな。さようなら、ルチア」

「うん……。元気でね」

「さようなら!」

「さよなら!」

「さよならー!」


 立ち去る彼を止める者は、いなかった。こんな唐突にお別れだなんて、どうしてだ? ひょっとして俺のせいなのか?

「生き返ったら、幽霊屋敷にいられないのか? ルチアともお別れなのか?」

「生き返ったら、奴らの世界の住人だもの」


 ルチアは差し迫る白い冬のような別れの寂しさを胸に仕舞い、消えゆく彼の背中に微笑みかけた。

 幽霊とゾンビだった彼もまた、元の世界に帰れることを喜びつつ、幽霊屋敷の仲間たちとの別れを惜しみ、大きく手を振って姿を消した。

「そうか……悪いことをしちゃったな。回復魔法なんて使わなければ……」

「まぁ、彼は元々あっちの住人なんだから、帰れてよかったんじゃない?」


 さて、これで復活の芽がふたつ消えた。

 幽霊のままでは漂っているだけで何も出来ず、ゾンビに取り憑いても腐っているから動けば動くだけ身体が壊れる。

 そうか、ゾンビがノロノロ動いてるのは身体が壊れてしまわないよう、いたわっているからなのか。ひとつ勉強になった。

 それで、ゾンビの身体を回復させれば元の魂が帰ってきて、俺は追い出される。


 どうしようかと考えていると、同じようにしていたルチアがハッとして口を開いた。

「魂が消えた身体なら、レイジィは追い出されずに済むのかしら? でも困ったわ、ここのゾンビの魂は、みんな幽霊屋敷の幽霊なのよ」

「ルチアさん、腐った身体は壊れるし崩れるし、ちょっと……」

「新鮮さが死体の命、そういうことね?」


 死体の命、何てパワーワードだ。ルチアについていける自信が、ぐらりと揺らいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る