第11話・僕と契約して最強幽霊になってよ

 幽霊屋敷の策が尽き、俺とルチアは家に帰った。

 ……家? このままルチアの家にいて、いいんだろうか。そういう許可は、まだ取っていない。

 相手は女の子なんだし、家の様子から察すればひとり暮らしみたいだし、幽霊とはいえ男の俺がいるのは嫌じゃないかな。


 一緒に暮らすのがダメだとしても、ルチアには俺が見えているから黙って消えるわけにはいかない。念のため聞いておかないと、と思ったところで当のルチアがどこにもいない。


 ふと、部屋の突き当たりのドアに気づいた。

 きっと、あそこだ。

 家の中のドアなんてプライバシーが厳重なプライベートな空間だから、しばらく待つかとリビングに佇んだ。

 が、女の子の部屋は落ち着かない。

 しかも、やっぱり魔女だから、箒や水晶玉のほかに、ドクロだったりネズミのミイラだったり、呪術に使いそうなグッズが可愛らしく飾られている。


 可愛くねぇよ!


 待ちきれず、どうにもこうにも我慢出来ず、俺はドアをノックした。

「ルチアー、ここなのかー?」

 だがしかし、はじめての幽霊生活に慣れないせいで、俺は大失態を犯してしまった。

 ノックのつもりが、ドアをスルリとすり抜けた。

「なぁに? レイジィ……」


 お風呂だった。


 キョトンとしたルチアの顔が映った次の瞬間、拳が視界を覆い隠した。正拳突きを食らった俺はドアを高速で通過して、リビングの壁に激突し、床にぽよんぽよんと転がった。

「バカ! スケベ! 変態! 死ね!!」

「……もう……死んでまーす……」


 ルチアって、幽霊を殴れるんだ。そりゃあ触れるから殴れるだろうけど……そうか、殴るのか。

 いいことのあとは悪いこと、せめてパンチじゃなくって「キャー! レイジィさんのエッチー!」からの、お風呂にドボンだったらよかったのに。


 しかしこれで、居候していいのか切り出しにくくなってしまった。それが証拠に、風呂場のドアを開けたルチアはネグリジェを手にして魔女服をまとい、頬を膨らませてプンプンと怒っている。

 俺がいるから、ネグリジェに着替えられなかったんだ。ちなみに、ネグリジェはスケスケではない。


 怒られる、そう思ったそばからルチアは風呂場のドアに手をかざし、詠唱もなく魔法をかけた。

「もう! 家の中にまで結界を張らないといけないじゃないのよ!」

 ドアに黒いしみが浮かぶと、それは目鼻口になり「ギェーッヘッヘッヘッ!」と不気味に笑った。


 え……? それって……もしかして。


 ルチアはくるりと向き直り、ズカズカとこちらに歩き、人差し指で俺の鼻先を指差した。

「あのドアはお風呂とトイレ! あのドアは私の寝室! 絶対に入ったらダメだからね!」

「ルチア。俺、ここにいていいのか?」

 呆然として尋ねると、ルチアは口を噤んでカァッと赤くなっていった。

「出……出ていってもいいのよ!? あなたの好きにすれば!?」


 うはぁ、これがツンデレか。獣人といいツンデレといい、ここは性癖を歪める世界か。

 男の胸に抱かれて、キスまでしたし……。をゑ、思い出したくなかった。よし、俺はノンケ、まだノンケだが、男の娘が現れたら性癖の危機に陥る。


 ルチアがネグリジェを寝室に投げると、今度はちゃんとノックの音がリビングに響いた。

 深い森の奥にある魔女の家に、訪ねてくるのは誰なんだ?


「こんばんわー、MHKですー」

 はぁい、と返事をしたルチアがパタパタとドアへ向かう。真面目だ、居留守を使わないんだ、俺は思わず隠れてしまった。


 ドアを開けるとスキンヘッドに小さな角、黄色い目玉をギョロリと剥いて、コウモリの翼を背負う全身真っ黒な男がペコペコと頭を下げていた。要するに、やたら腰の低い悪魔が来た。


「いつもありがとうございます、今期の呪信料じゅしんりょうを受け取りに参りました」

「こちらこそ、お世話になってます」

 ルチアは魔法で出した茨に指先を刺し、契約書に血文字でサインをしていた。


 うわぁ、悪魔との契約だ。それにしても、軽い。そしてお金じゃないらしい。


 サインが済むと、悪魔は営業を仕掛けてきた。この世界も、世知辛い。

「手続き、ご面倒じゃありませんか? いっそ永年契約にしませんか?」

「一度の代償が大きいもの。定期更新で十分です」

「トータルでは永年のほうがお得なんですが……」

「考えておきます」


 ルチアは考える素振りをまるで見せず、契約書を悪魔に返した。悪魔はちょっとガッカリすると、身を隠している俺に気づいて

「ほうほうほうほう、これはこれは」

と、ステータスを覗き見た。


「これは素晴らしい、カンストじゃないですか!? どうです? 私と契約しませんか?」

 そんな、いきなり契約と言われても……。しかも相手は悪魔だぞ、魔法少女にでもなれるのか。

 狼狽えている俺を無視して、悪魔の営業活動は続いていく。


「契約すれば、最強の幽霊として活躍出来ますよ。幽霊屋敷の皆様は、永年の契約がお済みです。今晩どういうわけだか、幽霊とゾンビがひとりずつ強制解約になって、困っていたところなんです」


 ヤバい……。その幽霊とゾンビは、俺と玉突きに復活したやつだ。バレたら魔の手が襲いかかる。


「今度、パンフレットをお持ちしますので、どうか前向きにご検討を。それでは」

 悪魔は深々と頭を下げて、音が出ないようそっと扉を閉めて去った。


「契約しても幽霊かぁ……」

「それじゃあ身体は手に入らないわね」

 契約を渋る俺に、定期更新のルチアは理解を示してくれた。永年契約だったら、ゴリ押しされていたかも知れない。


「ところで、MHKって何の略なんだ?」

「何だったかしら、でも何で?」

「俺が元いた世界にも、そっくりなのがあってさ」

「ふぅん、やっぱり悪魔が来るの?」

「人によっては、そう見えるらしい」


 こうしてルチアとの一日がはじまり、終わっていった。

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