第74話・わーわーわー

 約束どおり、東の港で魔女船長の船から降りた。降りた、のだが……。

「あんたたち、本当にいいのかい? こんな港で」

 魔女船長も漁師たちも、旅立とうとする俺たちに気を揉んでいる。ちなみにゲイスは一晩中漁師たちに揉まれて、甲板で白目を剥いて気を失っている。

 しかし、ルチアの決意は硬かった。チア✕チア☆ダブルチアとして活動した町には、二度と訪れたくないという、鉄にも勝る意思だった。


「いいの! 私は西の港には行かないんだから!」

「考え直したほうが、よくないかにゃあ?」

「動画は一掃したんだし、もうほとぼりが冷めた頃じゃないか?」

「動画って……これのことかい?」

 魔女船長は舵の水晶に手をかざし、甲板に幻影を映し出した。


 ハートを粗末にしないでね

 ハートは大事なんだから

 もしも粗末にしちゃったら

 私がこの手でっちゃうぞ


「わぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁ」

 ルチアは顔から火を吹いて、早く消せよと両手を振り上げバタバタさせた。漁師たちはその可愛さに釘づけとなり、そのうちルチア本人だと知りどよめいた。

「やっぱりルチアさん可愛いにゃあ~」

「何で動画があるんだよ! 削除させたぞ!?」


 魔女船長は幻影を消して、配信元を表示させた。そこには黒地に白い文字で【MHKアーカイブ】と書いてある。

「最近、MHKがはじめたんだよ。この世界にある幻影を記録するんだって、その第一号がチア✕チア☆ダブルチアなんだってさ」


 女神様が勝手に配信した動画を、どうして魔族が保存する。いがみ合っているんじゃないのかと呆れたが、考えてもみれば無許可だとMHKは知らないし、総裁バハムート・レイラーの愛娘が歌って踊る映像だ。

 公私混同はなはだしいが、そこまでさせる親心にバハムート・レイラーの愛を感じる。

 そして、ルチアは激怒した。


 人目もはばからずにトランクを開けて、水晶玉を取り出すと、その場でそれに手をかざし、浮かぶ幻影を睨みつけた。

『おお、我が娘「もしもしお父さん!? 私の動画、勝手に公開しないでよね!? あれ、ポンコツ女神が私に無許可で上げたんだから! だから今すぐ削除して! 削除してくんなきゃ、二度と家に帰らないんだからね!? いい!? わかった!? 今すぐ削除よ!? じゃあね!」ちょ、待て、ルチ』


 ブチッ、ツー、ツー、ツー。


 バハムート・レイラーがリダイアルしたのだろうか、水晶玉がぶるぶると震えていた。が、ルチアはトランクの奥底に仕舞い、怒りを込めて「フン!」と鼻息を漏らしていた。

「あたしのスマホからじゃあ、MHKアーカイブは見れないにゃ」

「あたいが見てやるよ。あらあら、もう公開停止になってるね」


 対応が早い、さすが総裁、女神様チャンネルより好感が持てる。魔族に魂を売る人間が現れるのも、ちょっとわかる。

 ことが済み、俺たちの行く末を心配している魔女船長は、何とか進路を変えなければとルチアに話を何気なしに振ってきた。


「ところでルチア。ここからじゃあ、今年のサバトの会場までが不便だろうよ」

「わぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁ」

 再びルチアは真っ赤な顔で、腕をバタバタ振っていた。サバトがわからない俺とミアは、首を傾げるばかりである。


「鯖なんて獲れたかにゃ?」

「サバトっていうのは魔女の儀式で」

「わぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁ」

 魔女船長の説明をルチアが遮ったから、俺とミアにはサバトがやっぱりわからない。わからないが、とにかくルチアには話したくない内容らしい。それもチア✕チア☆ダブルチア並か、それ以上に恥ずかしい。


 口を尖らせ、人差し指をツンツンしているルチアに魔女船長は眉をひそめて、やれやれと呆れきったため息をついた。

「魔女の義務なんだから、行かなきゃダメだよ? いくら定期契約で、総裁の娘でも……」

「そ、そんなんじゃあ!……ないけど……」


 尖った口でぶちぶちと何かを言いたそうなルチアに、魔女船長は仕方なさそうに念を押した。

「とにかく、サバトには来なさい。来なければ担当が迎えに来るけど。それと、本当にこの港で降りるのね?」

 ルチアは姉か母に叱られたように「はい、はい」と小さくしぼんで魔女船長に答えていた。


 魔女船長と漁師が乗り込んで、漁船を西へと走らせる。岸壁で見送る俺たちは、次第に小さくなる船と比例して、俺もミアもルチアでさえも、この先の不安を募らせていった。


「それでルチア、どうする?」

「どうするって……ホビットに樹液を届けるわよ」

「でもルチアさん、ここで本当にどうするにゃ?」


 東の港は、どういうわけだか廃墟になっていた。

 俺たちの食料と水は魔女船長が分けてくれたが、島からここへ至るまでに獲った魚は、買い手どころか人影さえないので降ろせなかった。

 かつては賑わっていたであろう岸壁に沿う大屋根も、その向こうに広がっている町並みも、人の気配はどこにもない。


「空き家を借りて一泊するか、見切りをつけて旅に出るか、どっちかだな」

「行く! ホビットに樹液を届けないと!」

「野宿だにゃ」

 と、町を通り抜けた先は、どこまでも広がる砂漠だった。もらった水と食料では、とても足りない。


「あたしたちが干物になっちゃうにゃ」

「ルチア、無理だ。とりあえず一泊しよう。船が港に寄るかも知れない」

「それで西の港に行けっていうの!? そんなの私、ごめんだわ!」

 俺がルチアをなだめていると、ミアがパーティーにいた頃の癖を発揮して、遠慮も何の躊躇いもなく空き家に入った。


「ごめんください、お邪魔するにゃ」

「あ、ミア! ちょっと待ってよ!」

「まったく、勇者パーティーの悪い癖だ」

「フギャ───────────────!?」


 ミアの絶叫が空き家を揺らして、俺とルチアから躊躇いが消えた。

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